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第10章 丘を越えて行こうよ



今日も暑い。昨日も暑かった。多分明日も暑いんだろう。毎日毎日、困りものだ。

こう暑いと遊びに行きたくなって仕方ない。

夏祭りの実行委員会は意外に忙しく、毎年それに携わって来たらしい一也は更に忙しいようだ。昼は家業のペンキ屋、夜は会議、日が迫るに連れて委員会の皆がいやに高揚してなかなか進まない夏祭りの話し合いは、祭りなんか出来はしないんじゃないかと思わせる程混乱していた。

「お祭りが出来ないなんてことはないよ」

町内の公民館から歩いて帰る道すがら、一也は可笑しそうに言った。

「皆このゴタゴタからもう夏祭りを楽しんでるんだよね。慣れた人ばっかりだし、どれだけ揉めても結局ちゃんとまとまるから心配いらない。大体本番は明後日だよ?皆わかっててやってるんだから大丈夫」

「心配してんじゃないの。やれやれだって言ってんの」

詩音は溜め息を吐いて、熱く重い空気の中物憂げに光る月を見上げた。夜になっても熱気は退かない。今日も寝苦しい夜になりそうだ。

「…今日も加奈子さん、来なかったねえ」

「やっぱり無理があるんだよ。人には向き不向きがあるんだからさ」

「…こっちを見るんじゃない。司会なんて梃子でもやらないからね」

「だよなぁ。わかってるよ。俺も本気でしぃちゃんにそんな事やらせようなんて思ってないし」

しぃちゃん。

一也にそう呼ばれるのは何年振りだろう。

詩音は考え込みながら猫背で歩く一也を、改めてしげしげと見た。大人になってから初めてしぃちゃんと呼んだ一也の声は、鼻たらしのガキんちょのものではない。

「…あそ。ありがと。まぁアンタがどうでもどの道アタシの気は変わんないけどね」

ふんと顎を上げた詩音に、一也は知ってるよと答えてまた可笑しそうに笑った。

一緒にいるふたりの姿を見たあの日から、何度か一也に加奈子のことを聞こうとして聞けないまま何日か過ぎていた。
夏祭りの打ち合わせで毎日のように顔を会わせているのに、何事もなかったよう振る舞う一也に気圧されて、詩音はらしくもなく言いたいことを呑み込んでもやもやしている。一也のことだから、こっちの顔を見た途端百曼荼羅言い訳を並べ立てるだろうと思っていたが、思いがけなくサバサバした様子に何故か気後れしてしまった。
加奈子は一向に姿を現さないし、あの日以来電話もない。

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