第3章 岸辺露伴の恋愛事情
クラスメイトの康一君によると、あの日私を描きたいといった男の人は、この壮王町在住の漫画家、岸辺露伴先生その人らしい。
もう一度私を描きたいようで、康一君に岸辺露伴先生の家を教えられ、頭まで下げられてしまった。
私としても漫画家に描きたがられるなんて光栄だし、早速今日の放課後に向かうことにした。
康一君が余りにも心配しているのが心に引っかかるが、とりあえず携帯に送ってもらった写真と同じ家へやって来た。
自分とはほど遠い外観の家。
中に入るのをためらっていると、不意に玄関のドアが開き、岸辺露伴先生らしき人が顔を出した。
「やぁ、よく来たね。とりあえず上がってくれ」
「失礼します‥‥」
案内されるまま部屋へ入る。
初めてモデルをしたのは駅前広場のベンチだったが、今日はこの人の家なのだ。
改めて見ると、この先生はかなり綺麗な人だった。
整った容姿に、同級生の男子には無いような落ち着きと色気。
意識してしまって急に緊張してしまった。
通された部屋の勧められた椅子に座り、言われたとおりじっとする。
スケッチブックとペンを手にした先生はしばらくうなり続けていた。
あのスケッチブックは真っ白のまま。
もしかして私がイメージ通りじゃなかったとか?
そう思うといっそう肩に力が入る。
しばらくしてから、ふと先生が
「そうか」
と、小さくつぶやいた。
露伴先生はそばの机から私の目の前へ先生が描いたのであろう原稿を差し出すと、
「茶をいれるからそれでも読んで待っていてくれ」
そう言って手にしていた物を置き、部屋を出て行った。
こんな大事なものを軽々出していいのかと思いながら私が原稿に目を落とした瞬間、私の体に何かが起こった。
バラバラと紙がめくれるような音とともに、私の左手が本のようになっていく。
体の力が抜けて私は椅子からずり落ちた。
視界に、先生の足が入る。
「先生‥‥?」
こちらに歩み寄って来た。
「悪いね。だが、気付いてしまったんだよ」
ペンを片手に私の左手をとると、素早くページをめくっていく。
「‥‥無い‥‥。当たり前か。まぁいい、これから書けばいいんだからね」
何が何だかまるでわからない。康一君が心配していたのは、もしかしてこれなのか?
「なに、怖いことはない。むしろ君は幸福なんだよ」