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短編集【庭球】

第75章 君のその手で終わらせて〔真田弦一郎〕


*社会人設定




男というのは、本当にずるい生き物だと思う。

「相談がある」と言って呼びつけるくせに、本当に相談を持ちかけられたことは一度だってない。
私が出向くときにはもう男の心は石より固く決まっていて、私が口を挟む余地なんてこれっぽっちも残っていないのだ。
そのくせ「それ、相談じゃなくて事後報告だよね」と指摘してやると、「お前が大事だから相談したのに」と苦々しい顔をする。

私の経験則では、この「相談」はもれなく──少なくとも私にとっては──ろくでもない方向にしか転がらない。
しかも内容は別れ話の類だったり、起業したいという大それた思いつきだったり、お付き合いをしている男女間においてはすこぶる重要なターニングポイントになる事案だった。
彼女という立場からすると、文字どおり相談されてしかるべき話だ。
本来ならば二人で議論を重ねて、双方が納得のいく結論を導き出すところだと思う。

それなのに男ときたら、相談とは名ばかりの単なる決意表明で終わらせてしまう。
「そんな大事な話、なんで事前に相談してくれないの」と聞いたところで、「だから今相談してるだろ」と返されて、話の噛み合わなさに絶句させられるというのが関の山。
私の意思を汲み取る気はハナから微塵もないくせに「相談した上で決めた」という既成事実を作ろうとするのだ。
それは一方的な気持ちの押しつけであり、ただのわがままだと、こちらがどんなに説いたところで聞く耳すら持たない。

男はずるい。
ずるくて、自分本位で、身勝手な生き物なのだ。




残念なことに、弦一郎も御多分に洩れずずるい男だと知ったのは、ずいぶん前のことだ。
テニスプレーヤーとしてさらに上を目指すために、練習拠点を海外に移したいのだと。
「相談」という名目で私にそう打ち明けてきたときには、コーチやトレーナーとの契約はもちろん、ビザ取得から現地での住まい探しにいたるまで、すべてが後戻りのできないところまで動き出していた。
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