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短編集【庭球】

第73章 エンドロールをぶっとばせII〔ジャッカル桑原〕*


ジャッカルの今のキスに対する自然さから考えて──私が覚えていないだけでセックスだってしているのだし──きっと当然、キスも昨晩のうちに済ませているはずで。
初めてのキスではないと頭ではわかっているのだけれど、それでも私の記憶の限りではジャッカルとの初めてのキスで、否が応でも心臓が高鳴ってしまう。
セックスになだれ込む直前の特有の空気感は何度も経験してきたのに、戸惑うほど性急な行為でもないのに、そして今さら初心な女を演じる意味だってないのに、柄にもなく「ま、待って」とジャッカルの胸板を押してしまった。
好きな人と触れ合うって、こんなにも恥ずかしくてどきどきするものだったっけ。
昨日の行為を、私はどんな精神状態で乗り切ったのだろう、想像もつかない。

口をついて出たのは「…たぶんまだお酒臭い、から」という言葉だったけれど、すぐに随分下手くそな言い訳をしてしまったと思った。
昨日交わしたであろうキスの方が、きっとずっと酒臭かったに違いないから。
頬が熱い。

ジャッカルは自分の胸に置かれた私の両手を取って、それから少し視線をどこかに彷徨わせたけれど。
何かを振り払うように、あるいは何かを思い出したように「なあ」と私に呼びかけた。


「…こういうとこの使い捨ての歯磨き粉って、すげえ粉っぽいと思わねえ? 俺苦手でさ」


少し唐突にも思える話題と、向けられている熱を孕んだ視線。
その妙な組み合わせに違和感を覚えながら「ああ、わかるかも」と同意の言葉を口にすると、ジャッカルは少しほっとしたように「な、だからお互いさまだろ」と言って、手の指をするりと絡めた。


「どっちにしろ変な味になるって」


その理論は多少強引な気がしたけれど、小さな嘘さえ吐けないジャッカルが短い時間で捻り出した精一杯の言い訳なのだと思うと、それだけ私を求めてくれているような気がして嬉しかった。
繋がれた手と、逸らされることのない瞳から伝わってくる熱は、このまま押し切られてしまいたいと思わされるには充分すぎるほどで。
私が小さく頷くと、すぐさま唇が落ちてきた。
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