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短編集【庭球】

第71章 いのち短し 走れよ乙女〔忍足謙也〕


「ユウジか」
「はよせえや、オサムちゃんが試合形式やる言うてんでー」


ユウジ、という名前を聞いた瞬間、心臓が嫌な感じにざわめいた。
何を隠そう、私は彼が大の苦手なのだ。

テニス部の一氏くんは、同じくテニス部の金色くんとコンビを組んでいて、頼まれてもいないのにしょっちゅう他のクラスに突撃してはゲリラライブのようにコントや漫才を披露している。
あれは忘れもしない、転校してきたばかりのとき。
マシンガンのような二人のやりとりに感心しながら遠巻きに眺めていたら、一氏くんが突然「あ、お前が噂の転校生やな!」と私を指差して、「小春、一発ぶちかましたれ!」と言った。
当の本人である私がぎょっとするより先にその言葉に反応した金色くんは、わざとらしく身体をくねらせながら「うっふーん♡ アタシのラブビーム攻撃は強烈やで〜!」とかなんとか言っていたと思う。
私は咄嗟のことにまるで何も反応できなくて、教室は一瞬、本当にしんと静まり返った。
金色くんが「ああ〜ん、アタシの攻撃がひとつも効いてへんやなんて〜!」と派手な泣き真似をすることでその場は一旦収まったのだけれど、彼らのステージが終わった後、一氏くんはつかつかと私の方に寄ってきて「小春に恥かかせんなや、ドアホ! 死なすど!」と思いきり私を怒鳴りつけたのだ。
それ以来、彼には強烈に苦手意識があって、昼休みに二人のライブが始まるとそっと教室を抜けるようにしている。


「あかん、日直で押しつけられた仕事がまだ終わらへんから待ってんねん」
「待つ?! 謙也がか?!」
「なんやねん、俺かて本気出せばちょっとくらい待てるわ」
「はあ?! お前、ついに頭沸いたんか」
「沸いてへんわ!」
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