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短編集【庭球】

第71章 いのち短し 走れよ乙女〔忍足謙也〕


この手の事務仕事に関しては私も決して要領が悪い方ではないと思うのだけれど、謙也くんの作業スピードは私のそれを大きく上回っていた。
こういうのを地頭がいいって言うんだっけ、なんて思う。
多少の雑さくらい、こんなにも手早く処理してくれるなら充分お釣りが来る。
先生の言葉も決してお世辞ではなかったみたいだ。
彼の新たな側面を知ったような気がして無意識に笑みが浮かんでしまう顔を引き締めつつ、作業に集中した。



とんとん、という重たい音と机の振動に顔を上げると、謙也くんは早くも自分の仕事を片づけてしまったらしく、アンケートの束を揃えているところだった。
対する私の前には、まだ三分の一ほどの紙束が積み上がっている。
置いていかれないようにと頑張ったつもりだったけれど、ずいぶんと遅れを取ってしまったらしい。


「うわあ、もう終わっちゃったんだ、すごい」
「まあな、スピードなら任せとけっちゅー話や」


ぐ、と親指を立てて、謙也くんが笑う。
部活のある彼を足止めしてしまうのはさすがに気が引けて「部活行ってくれて大丈夫だよ、私の分終わったら職員室持ってっとくから」と声をかけると、彼は「いやいや全部持ってくんは重いやろ! それに集計結果の合算もせなあかんし!」と顔の前で大げさに手をぶんぶんと振った。
放課後に二人でいられる機会なんてそうそうあるものではないし、待っていてくれると言うのなら素直に甘えてしまおうか。
「ありがとう、急ぐね」とお礼を言って、作業を再開する。
早鐘を打つ心臓をなだめるように深呼吸をしてみたけれど、あまり効果はなかった。



最後の一枚、というときだった。
「やっと終わる、ごめんね遅くなっちゃって」と詫びた声が、「おい、ケンヤ!」と呼びかける大きな声でかき消された。
私が顔を上げると、謙也くんは窓枠に手をかけているところだった。
ずいぶん遠くから聞こえてきたと思ったら、外からだったらしい。
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