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短編集【庭球】

第68章 その嘘は美しいか〔仁王雅治〕


「試合のときの仁王は、詐欺師っていうより生粋の勝負師って感じだよね」と私は続けた。
勝負どころを決して逃さず、賭けに必ず勝ってみせる姿は、勝負師のそれだ。
詐欺というのは方法論でしかなくて、勝負師の手札の一枚にすぎない。
現に仁王は、詐欺を使わずに勝つことも多いから。

そう言うと、仁王は驚いたように切れ長の瞳を瞬かせて、それからとても嬉しそうに笑った。
「それは光栄じゃ、改名してみるか」と仁王は言ったけれど、私は「でも詐欺師の方が不気味で強そうかも」と反対した。
「ほーか、ならやめとく」と微笑みながら私の髪を撫でた仁王のことを、私はその日から詐欺師とは呼ばなくなった。
仁王と私、二人だけの秘密をつくったような錯覚を覚えるほどに密やかなやりとりだった。



誰のことも傷つけないはずの、そして頑なに彼女をつくろうとしてこなかったはずの仁王が、なぜ私との交際を匂わせるような嘘を吐いたのか。
考えられるのは一つだった。
仁王は、この嘘を吐いたところで誰も傷つかないと思っているのだ。

察するに、彼女の告白はおそらく、これまでのどの子よりも情熱的だったのだろう。
今まで免罪符にしていたテニスだけでは、断りきれなくなったのかもしれない。
それで仕方なく、身近にいる女として私の名前を出したのだとしたら?
あとで「すまんかったのう、そうでも言わんと諦めてくれそうになかったんじゃ」と一言謝れば済む関係だと踏んで、私を選んだのだとしたら?
私なら、本気にすることなく笑って許してくれるはずだと考えたのだとしたら?
そう思ったら急に胸が苦しくなった。

──ああ、私は好きだったんだ、仁王のことが。

この胸の違和感は胸焼けなんかじゃない、まぎれもない痛みだ。
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