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短編集【庭球】

第66章 Flavor of love〔幸村精市〕


手作りのリングピロー、泣いてしまったとき用の白いハンカチ、などなど。
読み上げられる順に、バッグの中を指差し確認する。
うん、大丈夫そうだ、家を出るときにも一度チェックしてきたし。
そう思った私が「ばっちりだよ」と顔を上げたのと、精市が「これが最後、ストッキング」と言ったのは、ほぼ同時だった。


「……あ、ない」
「本当かい? 買いに行く?」
「ううん、スーツケースには入れてきたはず…ああ、よかった、大丈夫」


チェストの上に置いてあったスーツケースを探すと、ストッキングはすぐに出てきた。
入れ替えるのを忘れていただけだったけれど、明日式場に持っていかなければ意味がない。


「精市が言ってくれなかったら、私きっと忘れたままだったよ」
「ふふ、よかった。最後の詰めは大事だよ、絶対なんてないからね」


絶対なんてない──このフレーズを、精市は記者会見やインタビューのときにしばしば使う。
記者さんに「試合途中、あのポイントを取ったことで勝利を確信したんじゃないですか?」なんて質問されると、「いや、マッチポイントを取るまでは気を抜けませんでした。絶対なんてありませんから」といった具合に。
字面としては決して珍しくはない、もっと言えばありふれた言葉だと思うけれど。
精市の放つそのフレーズには、死の淵に追い詰められたことのある人間にしかわからない、あるいは絶対王者と呼ばれながらテニスを続けてきた人間にしか出せない、鬼気迫るような説得力があるのだ。

絶対なんてない、本当にその通りだと思う。
それはやっぱり、結婚にも当てはまるのだろうか。
式を翌日に控えた今になってもまだお腹の底で燻っていた言いようのない不安が、精市の言葉をきっかけにふと首をもたげてくる。
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