第9章 そして…
ミクには以前から“彼”を理想の人だと言っていたから仕方ないけれど、久し振りに聞いたその名は予想以上にユメを動揺させた。
「誰だろ? いたっけ、そんな人?」
そんなことは知らず、一人考えているミク。
と、そんな時だった。
「あの!」
突然、後ろから声が掛かった。
「え?」
振り向くふたり。
そこには一人の青年が緊張した面持ちで立っていた。
(あ、この人……)
ユメには見覚えがあった。
何度か同じ講義で隣になり、確か少しだけ会話を交わしたこともある。名前までは知らないけれど……。
ここは同じ大学の学生が最寄駅に向かうのに一番使う道。
だから先ほどから後ろにいたのかもしれない。
「何ですか?」
「ちょっと、時間いい?」
「え?」
驚くユメ。
ミクがまたもにやーっと笑ってユメの背中を押した。
「え、ミク?」
「私先帰ってるね。じゃあね、ユメ。ごゆっくり~♪」
そう言って、スタスタと先に駅の方へ歩いて行ってしまった。
「え!? ちょっ……」
「ごめんね、急に引き止めたりして。ちょっと、あそこまでいいかな」
向こうにある小さな公園を彼は指差した。
「う、うん」
なんか気まずいと思いつつ、仕方なくユメはそれについて行った。
そして。
「少し前から君のことが気になってて……。良かったら、俺と付き合ってくれないかな」
「!?」
びっくりするユメ。
全くそういう意識をしたことのなかった人からの突然の告白は、とにかく戸惑いが大きかった。
「実は、さっきそっちの会話が聞こえてしまって……」
「あ……」
恥ずかしさで顔が赤くなる。
(も~、ミクのばかー!)
「あ、あれは、その、友達が勝手に……」
「本当!?」
「え!?」
急に一歩こちらに足を踏み出した彼に驚く。
「玉砕覚悟だったんだ。他に好きな奴がいるならしょうがないと思ったけど……いないなら、友達からでもいいから付き合ってくれないかな?」