第28章 緋色の夢 〔ⅩⅢ〕
堕転したハイリアは、なぜか今までの記憶が抜け落ちていた。
組織に殴り込みに来たことも。
そこで敗北したことも。
目覚めた自分が誰かも覚えてなくて。
問いただすたびに、首を横に振った真っ白な少女は、ただ暗闇の中でずっとマギを捜していたのだと話すばかりで、『マギ』と呼んだ俺の名前すら答えられないまま側にいる。
頭の整理がつかずに座り込んでいる、俺のすぐ隣に。
薄暗い組織のアジトから宮廷へ戻る後ろを当たり前のようについてきたそいつは、日差しの当たる外廊の隅に腰かけた俺の側からまだ離れようとしない。
下を向いているおかげでその姿は見えないが、それでもわずかに聞こえる息遣いがその存在を知らしめて気を苛立たせる。
「マギ……、まだ怒ってる……? 」
聞こえてきた不安げな声に胸の奥がざわついて、無言で唇を噛みしめていた。
不愉快なそれが、痛みでも消えやしない。
「…………ごめんなさい。あたしが、なにも知らなくて……」
沈黙のあとに聞こえた声が、大きなため息をついていた。
再び静かになったその間を、ヒョロヒョロと鳴く間抜けな鳥の声が通り過ぎていき、無駄に柔らかい風が吹き抜けていく。
そよそよと前髪をなびかせる、そのむず痒さでさえ煩わしく思えて腹立たしかった。
『お身体の傷は治しましたし、他に異常はみられません。ただ記憶を失われているとしか……』
親父どもはそう言ったが、そんなの嘘だ。
こいつは、ハイリアなんかじゃない。
姿と声が同じでも、これは全くの別人だ。
口調も、態度も、雰囲気も、あいつとは全然違う。
『やっと、やっと会えた……! はじめまして、マギよ。あたしはルフの雛。暗闇の奥にいたあなたを目指して、ここまでやってきたの……! 」
目を潤ませて抱きつきながら言ったその言葉と、ハイリアにそっくりな笑顔が思い出されて、また胸が締め付けられた。
受け入れがたいその事実から目を逸らしたいのに、変わってしまった偽物は、無神経に俺の側からいなくなってくれない。
目を閉じていてもわかる、知った甘い香りを漂わせて。
いつまでも落ちつかない心に、さざ波をたて続ける。