第26章 緋色の夢 〔Ⅺ〕
── そう、だから私は逃げていた。
あの闇の組織から。
ジュダルから。
いつ迫るかもわからない奴らの影に怯えながら、安全で穏やかな遠くの地を目指して、身を隠しつつ旅をしていたんだ。
もう二度と、暗黒に染まらないように。
平穏な場所で、すべてを忘れて暮らせるように。
そこで見つける大切なものを守れるように。
『そうかい。それなのに、お嬢ちゃんは、あやつを助けたんじゃのう。奇なることじゃ。いいや、これも必然だったのかのう……』
ふぉっ、ふぉっと笑う、しゃがれた声がした。
── だれ……?
『誰とな……? 目を開けてみればよいじゃろう。お前さんは、さっきからワシの隣におるんじゃから』
不思議な声に導かれるようにまぶたを開けると、ぼんやりと明かりが見えた。
温かなオレンジ色の明かり。
焚き火だった。
パチパチと音をたてながら、それが静かに燃えている。
── 焚き火?
不思議に思いながら横たわっていた身体を起こすと、どこまでも続く真っ白な空間が見えた。
天も地もはっきりとしない白の中央で、焚き火だけが赤い光を灯して燃えている。
「ここは……? 」
戸惑いながら身を起こしたすぐ隣に、背丈の小さな老父が座っていた。
「やっと起きたのう、お嬢ちゃんや。久しぶりじゃのう。こんなに寝坊助になったとは、誰かさんに似たのかのう? 」
そう言って笑った小さな老父は、目が隠れるほどに白い眉毛が伸びた人だった。
真っ白な髭も長く、白髪交じりの髪はほとんどない。
まるで知っているかのように、今しがた声をかけられたけれど、全く見覚えのないご老人だ。
「久しぶり……、ですか? でも私、おじいさんのことは知りません」
「おお、そうじゃった。お前さんとは、初めてじゃったのう! 」
そうじゃ、そうじゃと、思い出したように、小さな老父は手を叩いて頷いていた。
── 私とは、はじめて……?
さっぱりワケがわからなくて困惑する。
「あの……、あなたは、いったい誰なんですか? 」
「ワシか? ワシは、ただのしがない商人じゃ。願いある者の側を行き交う、よろず屋じゃよ」
不思議な老父はそう言って、隙間のあいた金歯をのぞかせてニカッと笑った。