第22章 緋色の夢 〔Ⅶ〕
「でも、よかった。これでやっと、この先に行ける……」
扉に浮き出ているトラン語の文字を見つめ、ハイリアは黒い疼きを感じながら、ほくそ笑んだ。
『……王よ、帰りましょう。誰も来ないうちに』
「そうね……、早く黒いルフを手にいれておかないとね……」
『…………』
扉に背を向けて、ハイリアは朱色の回廊を通って暗い廊下を戻り始めた。
空に浮かんでいた「居待ち月」は、暗い雲の中に沈んでいた。
黒い雲は、空を広く包み込んでいて、中々晴れてはくれない様子だ。
廊下を歩みながら腕の金属器を覗き見ると、いつの間にかアイムの姿は消えていた。呆れられたのかもしれない。
ハイリアは部屋に戻ると、着こんでいた衣装を脱いで棚の奥深くにしまいこんだ。
いつもの砂漠の民が着ている男装服に着替えて、鏡台に座り髪を整え終わると、鏡台の引き出しを引いてガラスの小瓶を二つ取り出した。
それをポケットに忍ばせて、薄暗い廊下へと出るとジュダルの部屋の扉を静かに開き、中へ入り込んだ。
眠り込んでいる彼の側を飛ぶ漆黒のルフを見て、笑みを浮かべてしまう自分の気持ちが可笑しかった。
こんな黒い姿を見られたら、ジュダルはどう思うだろうか。
知られたくないと思っている自分の傲慢さと、身勝手な愚かさに呆れる。
「ごめんね、ジュダル。でも、もう止められないの……」
真っ黒な感情は、もう抑えられなくて、どうしたらいいかわからない。
胸の奥でズキズキと黒い棘が疼いて消えてくれないのだ。
── こんな気持ちを抱えたまま、あなたの側にいる私を許して……。
穏やかに眠るジュダルに謝りながら、ハイリアは飛び交う漆黒のルフに手を伸ばし、彼のルフを掴み取ると、用意した小瓶の中に入れて蓋をした。