第22章 緋色の夢 〔Ⅶ〕
紅玉の部屋を出て、しばらく廊下を歩いた先に現れた黒い影を見た瞬間、時間が止まったかのような錯覚を覚えた。
闇を引きつれている黒い姿に目を見張り、息をすることさえ忘れて、飛び込んできた彼が目を丸くしているのを音のしない世界で見た気がする。
互いに足を止めたその時に、ジュダルの眉間にしわが寄り、背中を向けられたとたん、胸の奥がかき乱されたようで気づけば腕を伸ばしていた。
不安と恐怖と罪悪感が渦巻いて、彼に手を伸ばしたことが正しいことなのかわからなかったけれど、苛立ちながらも振り返ってくれたジュダルの顔を見て、安堵したのは確かだった。
側にいれば傷つけてしまうかもしれないのに、目を背けられたとたん、ジュダルを失うことが恐くなっていた。
ジュダルの側にいたいのだと、この時ようやく気づけたのだと思う。
いつも嫌がる悪戯をしてきて、急に抱き寄せられたり、突然キスをされたり、困らされてばかりだったのに、いつからジュダルの側にいることが当たり前となっていたのだろうか。
向けられた赤い瞳に、自分の浅ましさが見透かされてしまいそうで、耐えきれずに視線を逸らすと、不意に抱き寄せられて胸が熱くなった。
彼の温かさを肌に感じたら、「泣くな」と言われたのにポロポロと涙がこぼれ落ちてきて、気づけば何度も、何度も謝っていた。
謝れば何かが許されるわけでもなく、これ以上、闇に埋もれて行かない保障だってないのに、そうせずにはいられなくて。
抱きしめられる温もりが心地よいと思うようになってしまったのは、きっとジュダルのせいだ。
彼の優しさなんて知らなければ良かったと思った。
もっと嫌な人だったら良かったのにと思った。
漆黒をまとう彼に近づけば、近づくだけ痛みを伴うのは確かなのに、温かさを知ってしまったから、それでも側にいたいと思ってしまった。
芽生えてしまった気持ちと、そこに入り混じる複雑な感情が絡み合う中、ジュダルに頭を撫でられて、気持ちが落ち着いていったのを覚えている。
けれど、その後の記憶が曖昧だ。
どこかで目を閉じた気がする。何かをジュダルに言われた気もする。
まどろむような、ぼうっとした感覚がしていて、なんだか温かいのに身体が重かった。
今いるここはどこだろうか?