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補佐官様と唇の手入れ

第1章 1


「今すぐ塗りなさい。後でと言いながらどうせ塗らないんでしょ」
「う~~っ」

見透かされている。
だけどどうしても蜂蜜を塗りたくない。
唇に塗ったら自然と口に入ってしまうからだ。

「さっさとなさい。それとも蜂蜜まみれになりたいんですか?」

言いながら鬼灯は壺を持つ手を振り上げた。
そのまま振り下ろせば確かに蜂蜜まみれになるだろうが…。

「ちょっと待ってください!蜂蜜まみれって言うより血まみれにする気ですか!」
「大丈夫です。蜂蜜には殺菌作用がありますから」
「さっきも聞きましたよ!っていうか、勘弁してください。蜂蜜は嫌いなんです」
「どうしても嫌と仰るなら私が直々に塗って差し上げます。光栄に思いなさい」
「…怖いですよ、鬼灯様」
「黙れ」
「……」

久しぶりに聞いた命令口調に万葉は黙るしかなかった。
これ以上鬼灯を苛付かせたら何をされるかわかったもんじゃない。

「…じゃあ、お願いします」
「よろしい」

そう言って壺を机の脇に置くと、万葉に近づくために机に乗り上がった。
よほどのことがないとこんな行儀の悪い真似はしない彼に驚きながらも、四つん這いなることでいつもより大きく開いた着物の合わせ目に視線が行ってしまう。
男性にしては白くて綺麗な肌。
喉仏の目立つ首から切り込まれた鎖骨のライン。
その下にはしっかり筋肉の付いた胸が覗いていた。
いつも華奢で細い細いと思っていた着物の中の男らしさを、僅とはいえ直に見てしまい頬が熱くなった。

「どこを見ているんですか?」
「!…っ、べ、別に…」

慌てて視線を上げるとすぐそこに鬼灯の顔。

「あっ…」

いつもと変わらない無表情だが、なぜか笑われた気がして俯けば再び鬼灯の肌が視界を埋めた。

「忙しい人ですね。目のやり場に困るなら目を閉じていればいいんですよ」
「は、はい…」

提案された言葉に、疑うことなく従った。
ふっと笑われた気がした。
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