第1章 1
冬は乾燥の季節。
この時期になると唇が荒れて悩まされる。
手入れをすれば済む話なのだが、ここのところ忙しくて放ったらかしだった。
その結果…。
「貴女、唇が荒れ過ぎですよ。女性なら少しは手入れをしたらどうですか」
と、手厳しい一言を鬼灯から頂いた。
今日は虹の橋にいる動物を迎えに来る予定の亡者の確認と書類手続きの為に閻魔殿に来ていた。
鬼灯の執務室で向かい合って机に座り、書類の確認をしている最中に指摘されたのだ。
「そう言われても忙しくてそんな暇ないです」
「せめてリップクリームくらい塗ってください。まるで鱗が生えてるみたいですよ」
「ぐっ…」
ひどい!と思ったが、実際触ってみると乾燥した薄い皮が捲れてガサガサしている。
言い返すことよりもあまりの悲惨さにショックを受けてしまった。
この分だと唇が切れるのも時間の問題だ。
「でも、買い物に行くにも忙しくて…」
「…少し待っててください」
鬼灯は一旦部屋を出て行ったがすぐに戻ってきた。
その手には小さな陶器の壺を持っていた。
「何ですか、それ?」
「蜂蜜です。これを塗って下さい」
「え?どこにですか?」
蜂蜜を食べる以外の用途を知らない万葉は思わず聞き返してしまった。
「…体に塗って差し上げましょうか?いいですよ。舐めてあげます」
「ひっ…えっ遠慮しときます」
なんて事を言うんだと、声を引き攣らせながら丁重にお断りした。
「…残念ですね…」
何が?とは聞き返せない。
聞こえなかった振りをしていると壺を差し出された。
「蜂蜜には殺菌、保湿作用があります。これをリップクリーム代わりに塗って下さい」
「…あとで塗ります」
唇に塗るのだと理解したが、気が進まない。
というのも万葉は蜂蜜が苦手だからだ。
あの独特の後味と甘ったるさがどうにも好きになれない。