第2章 プロローグ
月の光に照らされた道を、太った男がおっとりとした速度で歩いていく。服装はだらしなく伸びたTシャツとジーンズ。
先ほどまで歩いていた繁華街とは対照的なこの道は、人気もなく、街灯もポツポツとしか付いていない。民家は並んでいるけれど、深夜遅いこの時間ではどの家も暗い闇に溶けている。
「フンフンー♪」
少し離れてついていく私の所まで、男の鼻歌が聞こえてくる。ずいぶん上機嫌なようだ。
「…音痴め」
吐き捨てるような声が横からして目をやれば、端正な顔が眉を潜めている。こっちはとっても不機嫌。
「聞こえますよ」
「自分の歌に夢中だろ、どうせ」
声を潜めて会話する私達をよそに、男は角をついと曲がる。それを確認すると、さっと電柱の影から出て、その角へと近づいていく。
「おっと…」
「っ!?」
急にがっしりと抱きしめられて声も出ない。
今宵行動を共にしている上司の顔を見上げれば、ニコリと余所行きの笑みで見下ろされる。
「どうしたの…アキ」
「こうしたくなっちゃったからさ」
自分がアキと呼んだ上司の腕の中から、こっそりと通りを盗み見る。思った通りこちらを振り向き、様子を伺う男の姿。
いち早くこういうことに気付くって、やっぱりさすがだ。私なんか、何も分からなかった…。
「アキったら…恥ずかしいよ」
「えー?いいじゃん、誰もいないよ?」
カップルになりきって会話しながら、男が通りを進みだしたのを確認。アキにアイコンタクトを取る。