第2章 春の夜の 闇はあやなし 梅の花 色こそみえね 香やは隠るる
朝、かちゃかちゃと何かかぶつかる音が断続的に聞こえ、うっすら目を開けて音の出所を探る。
犯人は昨晩唐突に看病することになった黒い狐。
こいつが前足で器用に檻の鍵をコツコツと叩いている音だった。
「おい。うるせぇぞ。」
俺の声に反応して、恨みがましい視線を向けてくる。
バチリとあった視線はすぐに逸らされ、檻から脱走すべくまた鍵を弄る。
時計に視線を滑らせると、まだ午前五時。
起きるには早い。
しかし、耳に付くコツコツかちゃかちゃという音。
もう起きざるを得なかった。
狐は俺が起き上がる音に反応して、尻尾を膨らませビビる。
「なにもしやしねェよ。」
階段を下りて早起きのおふくろに、狐の餌になりそうなものをいくつか貰う。
部屋に戻ると狐は鍵を弄るのをやめ、最大限檻の奥へと身を縮める。
「大丈夫だ。ほら、飯。」
檻を開けるのは危険。
狐がビーフジャーキーを食べるかわからなかったが、檻の中に入れておいた犬用の飯の受け皿に静かに落としてやった。
下手に声を掛けて様子を見守るのはやめた方がいい。
俺は珍しくそのまま早起きを続行する事にした。
「狐ちゃん、ジャーキー食べた?」
「さぁ。置いてきた。腹がへってりゃ食うだろ。」
「シカマル。今日お休みなら、狐ちゃんのご飯になりそうなもの調べて買って来て。」
「あぁ。」
狐の飯かよ。
せっかくの休みを訳のわからん狐に潰されるなんて思ってもみなかった。
朝飯を食って動き出す前に、もういちど狐の様子を見に行ったが、ジャーキーはそのまま放置されており、狐はこちらを睨みつけてくるだけだった。
もう少し警戒心が解ければ、もう一度獣医の所へ連れて行って様子を見てもらはなければならない。
めんどくせぇ。