第8章 葛藤
【一松side】
台所での3人のやり取りをこっそり聞いていた僕は、足音を立てずに静かにその場を去る。
二階に上がって部屋に入ると、おそ松兄さんが大の字になって爆睡していた。
幸せそうな寝顔…なんかいい夢でも見てるのかな。
「……ほんと、愛されてるよね、兄さんって」
ぽつりと呟く。
十四松は純粋だから、なんでみんな素直にならないのか不思議でしかないんだろう。
兄さんに恋人ができたことをすぐに信じようとしなかったのは、単なる悪ノリであって本気ではない。僕は悪ノリすら面倒だったから、さっさと信じただけで。
…ある意味難儀な性格してるよな。あいつは多分嫉妬すら知らないんだろうから。
いや…チョロ松兄さんやトド松が抱いてる感情は、嫉妬じゃないかもしれない。
むしろそれに当てはまるのは…
「ふぁぁー、よく寝たぁー!ってあれ、一松いたの?」
「!」
やば、ベランダに出ようと思ってたのに入り口に突っ立ったままだった。今起きるとかタイミング悪すぎなんですけど。
「一松ー?え、お兄ちゃんなんで睨まれてんの?俺なんかした?」
「…別に」
引き返すわけにも、無視するわけにもいかず、僕は仕方なしに襖を閉め、ソファーに腰を下ろした。
「…夢、見てたの?」
「は?なんで?」
「やたらとしまりのない顔して寝てたから」
幸せそう…と言うのは癪なので、わざと遠回しに貶してみる。すると兄さんは意味が分かったのか分かってないのか、鼻の下を擦りながらへへっと笑った。
「夢は見てねぇよー?毎日幸せすぎてたるんでんのかな俺」
…なんか軽く殺意が湧きそうになった。
悪気はないんだろうけど、兄さんは素で他者をイラッとさせる言葉を堂々と吐くからほんと困る。
まぁ…だからこそ憎めないんだけどさ。
「…おそ松兄さん」
「うん?」
「……いや、なんでもない」
出しかけた言葉を飲み込んで、僕は兄さんに背を向けるように寝転がる。
兄さんは何も聞いてこない。
そんな優しいところが、兄さんの美徳で、みんなに好かれる理由で、
…僕は苦手なんだ。