第16章 温泉旅行へ*2日目昼編*
ぎし、と床が軋む音に、家康はふっと顔をあげた。広間の縁側に陣取って、書を手にのんびりとしていたら、いつのまにかうとうとしていたらしい。
足音の主が、家康の目の前にどかりと座って、はああとため息。
「三成のやつ、上手くやってると思うか」
「知りませんよ…。秀吉さん、いい加減親をやめないと、あいつ何もできなくなりますよ」
「俺にそんなつもりはない」
「どの口が言うんですか」
家康は、あくびを噛み殺しながら言う。三成のところへ桜が向かってから、そわそわと落ち着きなく歩き回っていた秀吉。
鬱陶しいと信長に咎められ、歩き回るのはやめていたが、それでも時間を気にしてため息をつく様子は、縁談がうまく進むのか気にする母親さながら。
自分の想いや望みを脇へ置いやり、こうまで他者の事を気に掛けることができるのは、美徳なのだろうが。
「俺に三成の事を振らないでください」
「聞いてくれそうなのがお前しかいないんだ」
「俺も聞きたくないです」
「まあそう言うな」
離れてくれそうにない秀吉をじっとりと見て、家康は諦めた。
「三成は馬鹿みたいに素直ですから。ちゃんとしてるんじゃないですか」
家康が適当に返事していることも気にせず、秀吉はうんうんと頷く。
「そこはいいんだ。ただ、あいつは自分の気持ちに鈍感だからなあ…」
「ああ…」
そういえば、前に俺のところに相談に来てたな。
すこぶる面倒だったのと、答えに気付けない三成にいら立った覚えがある。なんて答えたのかすら、もう覚えていない。