第1章 眼鏡の下
やっちまった。また待たせちゃったよ。
唯くんの塾が終わる時間には駅に着けると思ってたのに、また残業押し付けられてしまったよ。
遅れるって連絡したら、「分かりました」って返ってきたし。察してくれているのか、はたまた実は怒っているのか、私にはよく解らないんだな。
けど、実際に会えばそんな疑問は宇宙の果てまですっ飛んで行く。普段はクールな唯くんも目の表情まではコントロール出来ないみたいで、笑ってたり笑ってなかったりで解るのよ。
さあ、今日はどうだか。
やっと駅に着いて待ち合わせの改札前まで小走りで人並みを縫っていく。この技術は都会に通勤するようになって体得した。
それを存分に発揮しながら進んでいくと、改札を出た突き当たりに店が並んでいて、その手前の道しるべをつけたランドマークの足下に学ラン姿が見える。
唯くんだ。
「お待たせ! ごめんねー」
「あ、晶さん」
単語帳を閉じて顔を上げる唯くん。全く、この子は男なのに何でこんなに肌が綺麗で顔も整っているんだろう。女の私が羨ましいと思うくらいにさ。
短い黒髪はさらさらだし、眼鏡の奥の瞳は凄く深くて綺麗で輝いて見えるし。
言うなれば、ちょっと癖のある天使だよ。
「まーた残業やらされちゃってさ。私もまだまだ下っぱだから、ほんと、ごめんね」
「大して待ってませんから。暫く自習してて、ここに来たのは十分前くらいです」
何でこんなにしっかりしてるのさ、君は。私が高校生の頃なんてゾッとするほどガキだったよ。
でも、今日はちょっと怒ってるな。
「……怒ってる?」
駆け引きとか遠回しとかできない私なので、単刀直入に訊くよ。
「……どう思います?」
いや、怒ってるでしょ、その答は。
「怒ってる、よね」
「仕事なんだから、仕方ないですよ。今日は遅いので、顔を見られただけで良かったと思います」
「え? 帰る?」
「明日学校なので」
そうだよね、若い子には睡眠って大事だよね。私にも大事なんだけどさ。
「ねえ、少しだけ時間ない? 罪滅ぼしにコーヒーでも奢らせてよ」
私が大手カフェチェーン店を指差すと、唯くんは少し考えていたようだけど、やっと頷いてくれた。
「やったね、じゃあ行こう!」