第4章 毒薬の功名※
美男子のウェイターに扮していたお嬢さんの言う通り、厨房の横には休憩ができる小奇麗な小部屋があった。中には、ソファベッドとサイドテーブル、そしていくつかの鞄がおいてあった。
彼女をソファの上におろすと、俺の質問には答えず、小さな声で言った。
『ねぇ、もう一つお願い。奴らを縛っといてくれない?お兄さん強そうだから、ね。』
トーマと名乗る少女は、どうやらまだ意識もあるし、伸びてる奴らを縛り上げたらすぐに戻ってこれるだろう。彼女を助ける義理は特にないが、なんとなくさっきの展開に責任を感じるところもある。
「わかった。」
すぐ戻ってくる。そういえば、彼女は返事をする代わりに、ひらりとまだ動かせる左手をふった。
毒針を持った少年と対峙していたとき、私はすでに右半身に麻痺が回っていて、思うように身体が動かなくなってきていた。
たまたま、あの猫みたいなお兄さんが来て、よそ見をしている間にやられた。といえばそうかもしれないが、正直なところ真っ当に避けたところで躱しきれたのかは、かなり怪しいところだった。
この小部屋にも運んでもらえたし、このソファからなら自分の鞄にも手が届く。
正直、助かった。
透明な液体が予め充填されている針のついた細いガラスシリンジを探す。某薬室長先生に譲ってもらっていたヘビ毒用の抗毒血清を持っていた。左手の指先の感触を頼りに、鞄の中を弄る。
(あ、あった…。)
目的の血清入り注射器を見つけた。さっきの少年は、ヘビ毒と公言していたし、此の辺で手に入る即効性の痺れ毒に対してならば、これを打てばなんとかなるはずだ。
かろうじて動く左手で、いまだ刺さったままの毒針のその左横に、注射針をあてがい、一度深呼吸をしてから、ぐぐっと差し込んだ。
すでに毒で麻痺した皮膚には、注射針の感触も朧げだ。
ピストンをゆっくりと押し込み、そっと針を引き抜いた。
『…っ。はぁ。』
だんだんと呼吸も苦しくなってきて、吐き気もしてくる。
『間一髪、だったかも。』
血清を打ったとはいえ、いつまでも毒針を肩に刺したままではいけない。左手で抜こうとするが、針は、毒を練りこんであるであろう軟膏と、自分の血にまみれていて、まったく抜けない。
「ほんとにお嬢さんってば、何者だい?」
横目で見れば、猫みたいなお兄さんが本当に戻ってきていた。
