第3章 強盗とウェイター
トーマと呼ばれたウェイターの青年が、二人組の男の席へ料理を運ぶ姿をぼんやりと眺めていると、一人の男が椅子の上で体の向きを変えた。
(!あいつ…。)
トーマが両手れぞれに料理の乗った皿を持ち、彼らのテーブルに近づいていくと、案の定、先ほど態勢を変えた男が思い切りボールを蹴り飛ばすかのように足を伸ばして、トーマの軸足をひっかけた。
皿が宙に浮いた。
身体もいったん宙に舞ってそのまま自由落下で床へと打ち付けられた。
料理を乗せた皿もそのまま落下して、けたたましい音が響く、と思い目をつぶったが、何も聞こえてこない。
「お前なにしてんだよ。いい加減にしろよ!」といった客からの罵声だけだ。
皿は割れていなかったし、落ちてもいなかった。
「ぎりぎりセーフ。」
顔を上げれば、そこには最高級辛のラザニアを注文した、オリーブ色の猫のような瞳に黒い短髪の旅人風の青年がにやりと立っていた。
「食べ物を粗末にしなくて何より。」
彼は料理を二人組の男性客のテーブルに
「お待たせいたしました」
とウエイターのようにおいてから、私に手を差し伸べて、
「旦那、大丈夫ですかぃ?」
と身体を引っ張り起こしてくれた。
ひっかけられた足よりも、床に打ち付けられた左半身のほうが痛かったが、思いのほか足に力が入らずよろけた。
「おっと。」
ウェイターのトーマの手を引き立ち上がらせると、体がふらついたので、とっさに正面から抱きかかえるように支えてしまった。
見た目よりもずっと華奢な体躯に驚いた。
『すみません。お客様、ありがとうございます。』
と小さな声で俺に礼を言い、わざと足をかけた男の二人組にも
『ご迷惑をおかけして申し訳ありません。』
と謝った。
二人組の男たちは、迷惑をかけられた、気分を害されただとか、料理が台無しだ、ふざけるな!といったクレームをたたみかけるように大声で怒鳴り散らした。そして、文句を言いながらも食事はすべて平らげ、料金を払わずに店から出て行った。