第1章 ・事の始まり
「ホントに来ましたね。」
バレー部の部室にて着替えながら川西が言った。
「おう、見た感じは普通の子だったな。」
山形が反応する。
「いや、何か変な奴ですっ。」
余計な事を言うのは五色である。
「そういや工、クラス同じになったんだっけ。」
「工に変って言われるって何事だよ。」
天童が呟き瀬見が突っ込むと五色はそれがですねと続ける。
「休み時間にちらと喋ってるの聞きましたがそこかしこからお堅い感じがしました。変です。」
「礼儀正しい子なんだな。」
「というか時代的に言うと明治か何かみたいなノリです。」
好意的に解釈する大平の後に続けられた五色の言葉に他はうわーといった顔をしている。
「だってさ。若利君、頑張ってねー。」
「何をだ。」
若利は天童に何を言われているのか本気でわかっていない。
「遠い親戚つってもさ、ほぼ赤の他人だった子と生活するんでしょ、当分は気を遣うじゃん。」
「別に。」
若利は答えた。
「俺のやることが変わる訳ではない。」
この時若利は本気でそう思っていたが仲間は―白布ですらも―幸先(さいさき)が良くないと思っていた。
仲間達に言われた事は若利にとっては本気で訳のわからないことだった。確かに家に人が増えた訳だがその増えた奴は今のところ若利に何か不利益をもたらしている訳ではない。ただそこにいる相手に対して自分がそれに慣れれば良いだけのことだ。そんな事を考えながら夜遅く若利は帰宅する。
「兄様、おかえりなさいませ。」
「文緒か。」
新しく出来た妹が迎えに出た。しかもご丁寧に正座をしてお辞儀をするときたものだ。兄様などと呼んでいるしおそらく天童や五色あたりが見れば腰を抜かすだろう。ところが若利はまったくもって不思議に思っていない。
「今日もバレーボール部の練習ですか。」
「ああ。」
「お疲れ様です。」
「いつものことだ。」
「そうですか。」
会話が途切れる。靴を脱いで上がる若利、その後からそっと立ち上がって後ろをついてくる文緒、その間2人はまったく話さない。しばらくして文緒が言った。
「お母様とおばあ様は先にお夕飯を済ませられました。」
「そうか。」
「私と2人になりますがよろしいですか。」
「ああ、着替えたら行く。」
「では私は支度を。」
文緒は去っていった。