第1章 プロローグ
その日は、きのうまでのどんより空が嘘のような、雲一つない秋晴れだった。
宮城県にある小さな町の小さな病院へと、今年6歳を迎える少女が母に手を引かれ向かっている。
「たのしみだねえ、あかちゃん。」
小さい足で精いっぱい速く歩きながらも、道々に嬉しそうに母親に話しかける。
「そうねえ、男の子だって。みなみ、なかよくしてあげられるかな?」
みなみと呼ばれた少女の手を引く母も嬉しそうに、落ち着かない様子で歩みを進める。
「お名前も、もう決まってるんだって。」
そう言ったところで病院の自動ドアへたどり着く。面会の手続きを済ませ、指定された個室を訪れると、見知ったお隣のおばさんがベッドに横たわっていた。
「おめでとう!本当にお疲れさま。着替えとかいろいろ持ってきたよ。」
「ありがとう。うちの人どうしても仕事休めなくて、ホント助かったわ。」
「入院からついていけばよかったね、一人でよく頑張ったよ。」
「思ったより安産だったらしくて。でも死ぬかと思っちゃった。」
母親たちは入るなりおしゃべりをはじめてしまったが、みなみはベッドの横に据えられた小さなベビーベッドに横たわる赤ん坊にくぎ付けだった。
病室にある丸い椅子を引っ張ってきてよじ登ると、じっと覗き込んでいる。
「あかちゃん……」
みなみの声に、ようやく母親も赤ん坊を見に近づいてきて、感嘆の声を上げた。
「おなまえ、なんていうの?」
さっき母から聞きそびれたこの子の名前をたずねる。
「ゆう、よ。夕日の夕っていう字なの。」
みなみちゃんには漢字はまだ分からないかな、と微笑みながらおばさんが教えてくれた。
「ゆう。」
その名を口にしたとたん、言いようのない気持ちが小さな胸にこみあげた。ちいさな手、ちいさな足。なにもかもちいさな体。私はこの子を、ずっと大切にまもってあげたい――…
その日芽生えたその想いは、彼女がこれから生きていく人生の中で、何より大きな宝物となるのだった。