第2章 その名を呼べば
「鶴丸……さ……」
呼びなれない言い方に戸惑いながらも、反芻するうちに馴染んでいく心地好さがたまらなく愛しかった。
初めて逢った瞬間にどこか感じた懐かしさが間違いではなかったと、そう思える響きが身体に染み込み溶けて行く。
自分を迷いの淵から掬い上げてくれる、そんな温かさを思い出していた。
どれ程長く泣いていたのだろうかと、過ぎる風の温度が時の流れを感じさせる。
それでも包まれた安らぎの中では、その時間さえもが大切なもののようで。
昂ぶっていた美桜の感情が落ち着きを取り戻したのを確認すると、鶴丸は回していた腕を緩めて、吐き出された心の傷ひとつひとつを埋めるかのように話し始めた。
「……主。誤解しているようだが、君が審神者になれたのは憐れみだとかそんな誰かの甘い感情的な理由じゃないぜ。そもそもそれだけでこの職に就ける程、審神者という存在は軽いものでも、甘いものでもない事は承知しているはずだよな?確かに初期刀に時間がかかったのは事実だ。だがそんな事は、君の能力を、まして存在の意味を左右するものでもなんでもないぜ」
『だから、信じる道を見失わないでくれないか』――――と、鶴丸は美桜に微笑んだ。
「……でもなあ、幾ら初期刀が出来ないからといって無闇に資材を調達しに出たり、寝る時間を割いてまで鍛刀部屋に篭る様な無茶な真似は、俺としては出来れば遠慮してもらいたいのだがなぁ――――」
少し困ったような表情を浮かべて、鶴丸は付け加えるように言葉を繋いだ。
思いがけない事を言われた美桜の方は、恥ずかしさの為に頬に朱が差す。
「あ……鶴丸様、知っていたのですか?」
「ああ。君が居眠りをしてデコをぶつけたことも、勿論知っているぜ?」
そう悪戯っぽく笑いながら、鶴丸は立ち上がりざまに美桜を抱き上げた。
そして美桜の耳元で、そっと囁く。
『主らしくて……そういう君だから、大切なんだ――――』
あなたを選んだ 私
あなたに選んでもらえた 私
そんな私がここに居ることが
とても 愛おしく
とても 幸せなことのように思え
安らぎのうちへと
眠りに誘われるように落ちていった―――――