第2章 その名を呼べば
「おっと、もうこんな時間か……」
鶴丸は、濃くなる稜線を眺めながら独り呟いた。
気付けば自分の足元から伸びる影も、過ぎる時間に比例して長さを増していた。
腕を上げ少しだけ背中を反らし、軽くひとつ背伸びをする。
まだ始まったばかりの、主との本丸生活。
たった一人での働きでは、成果の方も高が知れている。
それでも少しでも主の負担を減らす為には、時間を見つけては資材探しや周辺の見回りをするしかなかった。
決して苦には思わないが、主の許を離れるのが唯一の不安要素であり、自分の中で何度も感情が揺れ惑う。
「案外、俺って過保護だったりするのなぁ」
思わず漏れた言葉に苦笑する。
自分以外にも、早く新しい刀剣が顕現すれば、この様な心配などしなくても良くなるだろう。
急いで帰路につきながら、ふと考えてみる。
先ずは短刀か打刀あたりが、新顔として増えていくのが妥当だろう。
出来れば愛想の良いヤツが、今の主には必要であろうか。
ついでに、雑用や家事全般出来れば猶宜しい。
チビ共がいれば、主も賑やかに癒されつつ毎日楽しめそうではあるな。
気の利くヤツもいるし、やんちゃなヤツもいる。
子供のことを好きそうな主だから、きっと笑顔も増えるのであろうな。
主の周りには、いつも彼女を慕う刀剣たちがいて――――
「それも……微妙……だ、なぁ」
鶴丸はそこまで考えてから、数度頭を振り、脳内の予想図を消し去った。
先のことはその時が訪れたら考えればと、無理矢理結論付けた自分に溜め息が出た。
今は兎に角、主の許に戻ろう。
まだ癒えるには十分ではない彼女を、ひとりで不安にさせてしまっては決してならない。
誰かに頼り、そして頼りにされる感覚を、早く思い出して欲しかった。
自分の存在価値を、必要以上に卑下してしまわないように。
「さあて……これで俺が泣かせたんじゃ、驚きも何もないよなあ」
茜から白み藍色に移り変わろうとしている空を仰ぎ見て、鶴丸は自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。