第1章 恋を詩え 風がさらう前に 【燭台切光忠】
今、こんなにも当たり前のように流れる穏やかな風なのに、いつかは貴女を連れ去って行ってしまうのだろうか。
胸を襲うのは、漠然たる不安・・・
だからこそ、このひと時の甘さに酔いたいと願う己とだからこそ、決して酔い浸ってはならないと戒める己がいるこの矛盾・・・
自分の中での曖昧な感情が総てを歪めてしまっているかのようで、現実を認めるのが血が流れ出るように痛くてたまらない。
今ここで、時が止まってくれたならば、この痛みも感じること無く安らぎの中に居られるのであろうか。
そう望む弱さこそが
決して逃げ場などの無い、無限の螺旋への入り口―――――
「光・・・忠?」
すぐ近くで、そっと揺れる黒い双眸。手を伸ばせばすぐに届く距離なのに、きっと、触れてしまえば壊れてしまう。
甘い想いに流される前に、自分自身で枷を作り出す。
「・・・美桜様、何か用があったのでは・・・?」
「あっ!!・・・もう、光忠が人の事からかうから、忘れちゃうところだったじゃない」
「僕の・・・所為ですか?」
「そうよ」
つんとした顔をしながらもその瞳は笑っていて、遊ばれてるなとすぐに判るのだが、その様にされても悪い気はしない。
「我が主、どうか御許し下さい」
ちょっとだけ申し訳なさそうな表情で告げ、上目使いで貴女を覗き見れば
「仕方が無いわね」
口調とは裏腹の、零れる笑みが其処にはあるのを既に知っているから
お願いだから・・・ 壊さないで・・・
何処かで叫ぶ、声が聞こえる―――――
「光忠。大切な話があるって、宗近が呼んでるわ」
どくん―――――
「宗近殿・・・が?」
「ええ、光忠の意見を聞きたいそうよ」
「・・・わかりました」
承諾の返事を聞いて満足したのか、貴女は一番の微笑を残して僕の視線をすり抜けて行く。
遠退く背中に、離されまいと必死に手を伸ばそうとする自分がいる。
出来る訳など、無いと判っているのに。
・・・貴女と僕の、決して埋まらない距離・・・
風に残る貴女の香りだけが、唯一、手に入れられることが出来る僕の自由。
どうして貴女は・・・ あの人のものなのですか―――――
END