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【刀剣乱舞】 顧恋抄 【短編集/R18含】

第5章 紅に 蝕む 【小狐丸】






舞い上がるものは、土と埃。
煩わしく、耳につくのは馬の嘶きと蹄の音。
咽る様な、生々しい血の臭い。
禍々しい、負の気さえもそれが当たり前のようになって
渦巻くものは、阿鼻叫喚の図。
建て前の裏に隠れた、無尽蔵な果て無き欲望……


ウンザリする反面、
己の血が滾るように興奮するのも事実であり、
理性の狭間で移ろう意識が、
麻薬のように甘い誘いを繰り返す。


拒みきれない、甘美な香り……


喧騒の中で、彷徨う視線が探し求めるのは美しい一輪の華。
何処までも美しく、甘い毒を孕んだ棘を纏いし女。

射す視線が、逃れることを拒む。

否、外したくないと望んでいるのは、この己自身。
逢いたい、と焦がれに焦がれた紅蓮の仇花。
その炎に焼かれて、身悶え続け
苦痛も何時しか、妖しいまでの快楽へと変貌を遂げる。


「……美桜さま……」


名を口にすれば、この混濁した空気の中で
痛い程に澄み切ったその双眸が、揺らめき誘う。


「……小狐丸……」


呼ばれる名は、深き暗示のようで
絡みとられて、惹き寄せられて
その容麗しい唇に、己のそれを深く落とす。


血糊に彩られた、美しい紅。
何処までも残酷で、何処までも崇高な華。


露を孕んだように、潤いながら揺れる深い漆黒の瞳に、
己の姿を認める度に
昂る欲望は檻から逃れ、自制など利かぬ獣へと姿を変える。



否、それこそが本能。



貪る様に求め続け、その熱は蕩ける様に口内に溢れ出す。

足らぬ足らぬと、決して満たされることの無い欲望は
焦りとなりて、思考を奪う。

妖しく歪む口角に、眩暈がしそうな程酔いしれる。


「――――っくっ……」


一瞬の痛みと広がる錆びた味に、手放す熱。

手の甲で口元を拭うと、僅かに滲む赤。
皮肉にも、生きているという証。


「さぁ、小狐丸。はじめましょう……」


笑みを湛えた、紅い唇。

風に抱かれているかの様に、軽やかに後ろに跳び退くと
厭な程、真っ直ぐに見詰めてくる。
その細き腕に構えた細剣は、切っ先に煌めきを帯びると
心を掻き乱す様に、揺れては誘う。










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