第16章 邪魔だ、どけ
千里side
「今日は…晴れ、かぁ…。」
固く閉じられているカーテンの隙間から溢れる明るい光を悲しい気持ちで見ながら、千里は声を漏らした。
万事屋を訪れてから数日。
どこに行くこともなく、することもなく、ただ毎日刀の手入れをする日々が続いた。
未だに桂の手下だったはずの裏切り者は見つからず、宗の苛つきが日に日にひどくなる。
同時に千里も神威が地球を訪れたことにだんだんと不安を感じていた。
春雨はあの出来事をどのように処理したのか。
春雨は頭をどうしたのか。
唯一知っていることは宗が夕時雨を襲ったことでほかの遊女(アサシン)たちが逃げれたということ。
そこから先は千里は全く知らない。
そう考えれば考えるほど心臓が直接握りつぶされたような痛みと寒気が体を走る。
足元にぽっかりと穴が開いて、そこに落ちてしまう夢を何度も見た。
知らないことにたいしての恐怖は増大することを千里はよく知っている。
未知は愚かなことだと知っていたから。
「頭…。」
頭、元気ですか。
あなたの大切な人と幸せに暮らしていますか?
あなたはあなたの幸せを守れていますか。
神威が千里を訪れたことが何を指し示すのか分からない恐怖と、頭たちの現状が知りたいという欲。
怖いもの見たさとはこの事なのだろうかと千里は自嘲しつつ、また雪螢に向き直る。
綺麗な刀。
雪の結晶の模様が施された鈍く輝く憎しみの象徴。
千里はその刀に恐る恐る触る。
指先が触れ、そこから刀の冷たさが広がっていく。
「貴女は…どれ程のものを捨ててきたの?」
千里は静かに呟く。
問いかけか独り言か分からない声の大きさはすぐに空気に溶けていった。
返答は期待していない。
答えを聞いても、相槌も打てないだろう。
だから、静かでよいのだと思い込む。
この安寧の日々が続けばいいと思っているから。
この刀を振る機会が減ってほしいとも思う。
______でも、それじゃ、ダメなんだ。
「絶対、だめ。」
やられたまま、私だけ全てをなくしたまま。
私の姉だけ何もかもを奪われたまま。
宗の憎しみの行方を見つけ出せないまま。
死ねないのだ、諦められないのだ。
それが生きる原動力だから。