第4章 桔梗
内番の手合わせが終わり、風に当たりに庭へと出た。吹き抜ける風は心地よく頬を撫ぜる。ふと見ると桔梗が一輪、揺れている。何とは無しに手折って本丸へ戻ると、短刀達が集まっている。その輪の中心には、主と乱がいた。
「はい、出来上がり」
「わぁ、主君は器用ですねぇ」
「どう?僕似合うでしょ?」
どうやら乱が主に髪を結ってもらっていたようだ。端切れで作ったと思しき花の髪飾りを自慢気に見せている。主は手先の器用なお方だから、恐らくあの髪飾りも主のお手製だろう。加州や乱が喜ぶからと、髪飾りだけでなく色々な飾りを作っては与えている。
と、乱がこちらに気づいて駆け寄ってきた。
「長谷部さん、どう?主が新しい髪飾り作ってくれたんだよ」
「よかったな。だが主はお忙しいのだからあまりお手を煩わせるな」
「いいのよ長谷部。息抜きには丁度良いから」
そう言って笑う主は、きちんと身なりを整えているものの余計な飾りは何一つ着けていない。執務の邪魔だからと言うが、妙齢の女性なのだから着飾りたいこともあるだろうに。そう思ってふと、自分の手の中にあるものを思い出す。
頬を膨らませている乱を連れて主の元へと近づくと、五虎退がおずおずと話しかけてきた。
「長谷部さんその桔梗は……?」
「ああ、さっき庭に咲いているのを見つけてな」
全員の目が、手元の桔梗に集まる。そこであることを思いついて主の側へ行くと、その髪にそっと桔梗を差した。
「これは主に。お似合いですよ」
主の顔がみるみる内に赤くなる。我ながら気障だったか。だが俯いてしまった主を見て目を見張った。頬を染め、はにかみながらも嬉しそうに、幸せそうに微笑む。ややあって顔を上げた主は愛おしそうに桔梗へ触れてから俺を見て笑って言った。
「ありがとう長谷部。すごく嬉しい」
それは初めて見る表情だった。まるで夢見ていた事が全て叶ったような、幸せな笑顔。愛しい者へと送るような視線から目を逸らすことも出来ずにいると、胸の奥がじわりと熱を帯びてきた。俺はどうしたというのだろう。この熱を心地良く感じている。
主に対する忠誠心とは別の何かが生まれようとしている。
俺がそれの名を知るのは少し後のことになる。胸の奥に広がる熱に、ほんの少しの痛みが混じる頃のことだった。