第2章 月の宴 大倶利伽羅サイド
主のいた現世では、今夜は月見の宴を催す日らしい。中秋の名月というヤツだ。歌仙や光忠、短刀達が張り切って朝から準備に大わらわだが、俺には関係ない。静かな場所を探して本丸の廊下を歩いていると、近侍の長谷部に会った。
「主の姿を見なかったか、大倶利伽羅」
「知らん。またぞろ庭の片隅にでもいるだろう」
「まったく、まだ執務が残っているというのに困ったお方だ」
俺達の主は、年の頃は15くらいの小娘だ。見目は短刀達と変わらない。だが少々捻くれていて、やたらと1人になりたがる。そのくせ誰にも相手にされないと機嫌を損ねて私室に引き篭もる。歌仙や長谷部は「あのくらいの年頃は難しいものだ」と言って甘やかすが、俺にとってはただ面倒だ。必要以上に関わることはない。筈だった。
騒がしい庭を避けて書庫へと向かう。ここは風通しも良くて誰かが訪れることも少ないので、最近では俺の定位置になっていた。だが今日は先客がいたようだ。低くくぐもった声がする。小さくため息をついて踵返そうとして、声の正体に気づく。これは、嗚咽だ。誰かが泣いている。嫌な予感がして引き戸を開けると、壁に向かってうずくまる小さな背中があった。その背中には見覚えがあった。
「何をしている」
「おお、くりから……?」
振り返ろうとして俺だと気づき、慌てて下を向く主。もぞもぞと動くものがあるのは羽織の袖で涙を拭っているからだろう。
「何があった」
「なんでもない」
この捻くれ者の主は何かあった時必ずなんでもない、と言う。なんでもないなら、何故泣いていた。俺は軽いイラつきを覚える。だが問い詰めたところで俺には何も話しはしない事も知っているから、深く追求することはしない。そのまま黙って書庫の中へと足を進めると、主の真後ろに立つ。懐から手拭いを取り出して広げると、主の頭に被せるように置いた。
「拭くならこれで拭け。羽織で拭くと俺が薬研に小言を言われる」
いきなり頭の上に置かれた手拭いに驚いたのか、主の肩がピクリと跳ねた。スルスルと手繰り寄せて手拭いに顔を埋めるのを確認し、主の髪にそっと触れる。さっきより大きく肩が跳ねた。
「何かあったら……俺を頼れ」
それだけ言って、書庫から出た。俺は何をしているのだろう。髪に触れた指先が熱い。