第5章 居待月
文化祭の準備で遅くなったから、かなみを送ってやることにした。女1人で帰らせるような時間じゃねーから、ともっともらしく理由をつけて隣を歩く。バクバク言う心臓の音がうるさくて、コイツの話にも、あー、とかうん、とか適当な相槌しか返せてない。ちゃんと話がしたいのに、なんなんだよオレは。
ふと足を止めたかなみが、宙を見ている。なんだと思ってそっちを見ると、月が出ていた。
「何見てんだよ」
「いや、月が綺麗だなぁと思って」
月なんかいつ見たって変わんねーだろと呟きながら、オレも宙を見上げる。
「……満月じゃねーのな」
「居待月。満月よりも月が昇るのが遅くて座って待ってるから居待月っていうんだよ」
よく知ってんのなーと感心してたら、かなみは少し寂しそうに笑ってまた宙を見上げた。
「ほんと、『月が綺麗ですね』」
そう呟く背中がなんだか消えてしまいそうで、オレは咄嗟に手を伸ばした。捕まえて、引き寄せる。腕の中にすっぽりと収まったのを確認して、少しだけ力を込める。かなみが、消えてしまわないように。
「オレは座って待ってるような性分じゃねーからな。欲しいモンは自分から取りに行く。月だろーがお前だろーが、な」
何言ってんだオレは。もう付き合ってるヤツがいるコイツを困らせたくなくてずっと黙ってるつもりだったのに、とうとう言っちまった。心臓がさっきよりもうるさい。コイツに聞こえちまうだろーが、黙れよ心臓。
オレの腕の中で、かなみは震えていた。あ、これダメなヤツだ。そう思って閉じ込めていたかなみを解放しようとしたら、そっとオレの手にかなみの手が重なる。震える手にゆっくりと力を込めながらもう一度、オレの腕の中に自分を閉じ込めた。
「待ってていいの?青峰君が取りに来てくれるのを……?」
「バーカ、お前だって黙って待ってるようなタマじゃねーだろ」
欲しけりゃ自分から取りに来いよ、と囁いて腕に力を込める。かなみはうん、とだけ言って重ねた手をギュッと握ってきた。
「もう離してやらねーから覚悟しとけよ?」
頷くかなみを、オレはしっかりと抱きしめた。