第41章 消えた灯りと人魚姫の歌
当たり前のことだが、シャボンに覆われている身体は思うような動きができない。
ローでさえそうなのだ。
子供のコハクなど、なおさらのことだろう。
「デン、コハクを連れて先に行け。」
今、この場でもっとも信用できるのは、魚人であるデンだ。
彼に託せば、少なくともコハクの身は安全である。
「…君ひとりで大丈夫か?」
「誰にものを言ってやがる。当たり前だろ。」
デンはその言葉に頷き、コハクの身体を抱えようとした。
バ…ッ
しかし、コハクはその手を振り払う。
「ふざけんなよ、オレだけ先に行けるかッ」
反抗的な目をデンにではなく、ローへ向ける。
「…いいから黙って行け。足手まといなんだよ、俺の手を煩わせるな。」
冷たく言い放つが、それにコハクが堪えた様子はなかった。
(わかってんだよ、バカヤロー。)
目つきも悪ければ、口も悪いロー。
でも彼が、自分やモモを冷たく突き放すような言い方をする時は、だいたい心配している時だ。
(そうだな、オレたちはみんなが言うように、よく似てるよ。)
口が悪くてひねくれ者。
それはコハクも同じ。
コハクが素直になれるのは、モモの前でだけ。
(でもそれは、お前も同じだろ…?)
いつからだろう。
ローの視線の先に、モモがいることを知ったのは。
いつからだろう。
それを“嫌だ”と思わなくなったのは。
たぶん、あの時だ。
ローがモモを天竜人から救い出した時。
あの瞬間、気づいた。
誰が気づかなくても、コハクだけは気づいた。
(…当たり前じゃん。今まで、母さんの1番近くにいたのは、オレなんだから。)
だからコハクは、あの時からこう思うようになったのだ。
ローのことも大切だ、と。