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光城の月

第2章 垢をください








なんとかそっと玄関の重い扉を開いて、夕日が射し込む広い廊下をひたひたとゆっくり歩いていく。

今日はこの暑い中歩きまくったせいで、足はパンパンだし足袋は蒸れて一刻も早く脱ぎたいし、お風呂に入ってサッパリしたい子持ちは山々だけど、なんとしてもお義母さんと聖くんに見つからないように忍び足で二階への階段を上っていった。


(セーフ…!バレてないよね!?)

よっしゃあ!と部屋の襖を開くと、そこには見知らぬ顔の男性が私の引き出しを漁っていた。
見知らぬ男が、引き出しを、漁っていた…?



「ぎゃあああああああああああ」


(変態だ!!変質者!!この時代にもヤバいやつはいるんだやっぱ!いやだーー!!殺される…誰かー!!誰でもいいから、お義母さんでもいいから助けに…!!)


私が必死に後ずさりして部屋から逃げようとするも、突然の恐怖で足が竦み、パンパンに脹れていることも相まってかそのまま畳に尻餅をついてしまった。

本当に恐怖を感じた時、人は声が出なくなるとこんなところで学んでしまうなんて、そんなことあっていいのか…
タイムスリップ先で死ぬなんて絶対に嫌だ!ちゃんと令和の世で高橋遥香として死にたい…

どんどん近づいてくるその男の畳を踏む音が、まるで死刑執行を伝える時計の針の音のように感じて、私は覚悟を決めてひゅーひゅーと困憊して動けない喉に空気を入れ込む。



────────今だ!人生最後の大声量をッ!!




「そんなことしたら、喉がつぶれちゃうよ」

「んぐッ!?」



思ってもみない甘ったるい声を耳に取り込みながら、その声の主に塞がれた口元を見て目を見開く。
けれど、その変質者は焦る私とは裏腹にどこか余裕な表情で私を見ていた。

その目はどこか虚ろで、本当に私を見ているのか不思議なほどにくすんで見えたのだが、顔はすごく整っていて浮世離れした美しい顔立ちをしている。
そして何より、どこか懐かしい匂いが私の鼻をかすめた。



「本当にそっくりだ、顔も体も、あと声もね」



──────────(は?)
困惑する私のこわばった顔を見ながら、その男性はどこか楽しそうな声音で笑った。




「はじめまして、江戸へようこそ。高橋遥香さん」







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