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光城の月

第1章 はちみつが甘いから









「今日は~何人でしたっけ」

「2人」

「2人です!ほぼ0ですね!」




元も子もない質問をスマホ片手に受け流しながら、店長と電話する後輩の会話を耳だけでそれとなく聞き流す。
最近は、店長もこんな数字を聞いて声を上げることはなくなった。それどころか、もう店にも来ようとしていない。

都内のアンティークショップでアルバイトを始めたのは、ちょうど半年前。
なんとなーく本当にきまぐれで店に入ってみると、レジにいた従業員の男女が仕事もそっちのけで致しているところを目撃してしまい、それから店長に謝られてなんかこの店やばいなと思っていたのだけど、大学から近かったこともありなんだかんだでこの店で働くことに決めたのだ。
ちなみにその致してた2人はもうとっくに店を辞めている。


最近流行し始めたなんとかっていうウイルスのせいで、街に出る人は少なくなり、ただでさえお客が少ないこの店はもう看板を下ろさなくてはならないような事態になっていた。

正直、こんなことになるとは思ってなかったから、通っている大学もほぼ遠隔授業になってしまったしもう友だちとも会えていない。
隣で「おれクビになります?」と呑気に店長に聞く後輩も私と同じ暇だから、という理由でこの店にいる。


夕方になり、閉店時間が近づいてきたのでそろそろ切り上げるかと座っていたイスからどっこいしょと立ち上がったと同時に、カランと店のドアの飾りが揺れた。



「おっ、いらっしゃいませ~」


まさかお客が来るとは思っていなかったから少し反応が遅れた私より先に、後輩がとっさに声をかける、
と同時にドアをすり抜けて来たグレーのレインコートを着た長身の男性が、レジにいる後輩に向かいずんずんと歩き出しポケットから何かを取り出した。

その男性の、レジに向かってくる姿が異様に見えて何かナイフでも取り出したんじゃないかと危惧していたが、男性が後輩に差し出したもの、それは錆びて動かなくなった懐中時計だった。
良かった、本当に焦った。


ほっとしたのもつかの間、男性はそれを後輩に手渡すと何も言わずにレジを後にし、店を出て行ったのだ。
これには流石に能天気な後輩も「え!?」と声を上げる。
それもそうだ、ここはアンティークの店だが買取はしていない、それに動かなく錆びたものなんて商品として扱えないではないか。






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