第2章 垢をください
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──────えっ?
思ってもみなかったその言葉に、私はただただ目を見開いて絶句する。
というか、彼女の言っている意味が理解出来なくて戸惑った。
そんな予想通りの私の反応を見た彼女は、「そうよね」と深刻そうな顔をさせて一度何かを考えるような素振りを見せると、私の手を握ったまましっかりと私の目を見て言った。
「ここは多摩、江戸の多摩よ。今は文久元年。私は阿古、そして今からあなたが阿古よ」
エーーーーーーーーーー!!なんて!?
多摩はわかったけど今江戸って言ったよね!!??
なんて壮大なドッキリだ…阿古さんは私のフェイスマスクでも被った役者さんか!?
心の中で怒涛のツッコみを入れるが、それはとどまることを知らずとめどなく溢れてくる。
けれど、阿古さんの切羽詰まった様子を見ると本当に助けてあげたいような気持ちが湧いてくる。
やっぱりここは乗るべきなんだろうか…
「わかりま」
「ありがとう!本当にありがとう!じゃあ私は急ぎますので」
トタタっ、と最後まで私の返事を聞かずに彼女は向こうの道に走って行った。
せわしない人だ、まるで何かから逃げているよう。
さて…これからどうしたらいいんだ?
山崎さんたちのところに戻って事情を説明するのがいいんだろうか。でもそれって台本通りなのか。
なんかここで筋道を示してくれる人が出てきてくれないと、こっちも困るんだけど…。
「…様ー!!」
「ん?」
どうすることも出来ず、道に立ち尽くしていると阿古さんが逃げた反対の方角から誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。
もしかして、阿古さんを追っていた誰かかもしれない。
あんなに急いでいたのも、きっとこの人から逃げるためだとか。
「おーい」と手を振って全く無関係の人だったら最悪なので、一応道を空けて端の方に立っていると、その叫び声がピクリと止まった。
あ、やっぱり阿古さんを追ってた人かな。
「阿古様ぁぁぁぁぁぁぁ」
うわっこわ!
涙を流しながら道を全力疾走でこちらに向かってくるその見知らぬ男性に、私は青ざめる。
今は阿古さんだとしても、普通に私なんだからこういうところはもうちょっと配慮してほしいんですが。
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