第2章 二章 小姓
杉乃は、はぁと溜息をついた。
毛利の小姓として働き始めてひと月が経とうとしているが、暗殺の機会が全く見出せないのだ。
まずもって元就の側に控えるのは重臣のみ。彼女は近くに行くことも出来なかった。仕事も家臣の世話や掃除で、元々妾として来た身ゆえ毛利家臣から不憫に思われ、気遣われる始末である。
(このままでは何も出来ない…どうすれば良いのだろう)
夕方の仕事を終えて、与えられた小さな部屋に向かう。
(ん?)
何か聴こえた気がして、思わず立ち止まった。
長い廊下の一番奥から、何やら音が聴こえてくる。
(…?)
不審に思って、自室に向かわず廊下を奥に奥に進んだ。
音はどんどん大きくなってくる。
どうやら歌のようだ。
廊下の奥の部屋に辿りつき、ピタリと襖に耳をつけて、彼女は驚きのあまり口を抑えた。
(中で…毛利元就が…歌っている⁇⁈)
はっきりと聞き取れずとも、紛れもなく彼の声である。しかしいつもの冷たい声音ではなかった。
声のトーンも高く、何やら楽しげな雰囲気だ。
(あの…毛利が⁈)
さらに耳を寄せて聞くと、どうやら昨今巷で布教活動していた『ザビー』という単語が聞き取れた。
(ザビー教に入り浸っていたというのは本当だったの…⁈)
上手いんだかよく分からない歌を聴いていると、なんだか無性に可笑しさがこみあげてきて、杉乃は思わずふふっと笑ってしまった。と、その時、ピタリと音楽が止んだ。
(まずい!)
咄嗟に襖から離れて走ろうとしたが、すぐにスッと襖が開き、元就とバチッと目があってしまった。
「…‼︎‼︎」
杉乃と目があった途端、彼の顔が蒼くなった。
「貴様…まさか……聴いたのではあるまいな……」
彼女が何も応えられずにいると、元就は更に顔を強張らせて、
「聴いたの…だな…?」
と震え声で言った。
杉乃は咄嗟に手を付いて
「申し訳ございません‼︎音が聞こえたので何かあるのかとつい…!決して他言は致しませぬゆえ、何卒お許しを‼︎」と勢いに任せて謝罪した。
元就は額を片手で覆い溜息をついた。そしてくるりと背を向けると、「入れ」
と言って、再び部屋に入って行った。
杉乃は戸惑いつつも、恐る恐る部屋に足を踏み入れた。襖を閉めると、元就は前に立ちはだかり、低い声音でこう言った。
「貴様は明日から我の小姓として働け。」
