第17章 コンプレックス×ロマンス【矢巾秀】
及川さんは、全てを手に入れてしまう人だと思う。
その思いには、尊敬と、羨望が少し。
バレーの才能、試合での圧倒的存在感。
社交的で、容姿端麗、勉強もできる。
部員たちが罵詈雑言を浴びせることも多いが、それも愛されているが故、というものだろう(全力で否定されるだろうが)。
俺はこの人に、コンプレックスを抱いているのかもしれない。
"矢巾は及川の後釜だなー"
先輩の何気ない一言に、嫌な衝撃を受けたのをよく覚えている。
俺がこの人のいたポジションに入るのか?
冗談じゃない。
俺にはこの人が持っているものを、何一つ持ち合わせていない。
この人と同じものを求められて、崩れていく自分が想像できる。怖い。嫌だ。
この人が卒業した後のことを考えると、ゾッとする。
ーー俺は、あの人にはなれない。
「…ん、矢巾くん!」
「っは、はい!?」
「大丈夫?ぼーっとしてたけど…」
「すみません、考え事をしてました…」
「なんだ考え事か…てっきりどこか具合が悪いのかと…」
「も、申し訳ないっす…」
「本当…練習中に倒れた時は心臓止まるかと思ったぐらいなのに…」
「す、すみません!」
俺が慌てて謝ると、ふふ、と美咲先輩は肩を小刻みに揺らした。
たれ目気味の目尻がきゅっと細くなって、長い睫毛が影を落とす。
えくぼが出来た頬は、白くもほんのり血の気が差している。
無意識に細い指で形の良い唇を触っているのは、先輩の癖だ。
やや癖っ毛なのか、揺れる黒髪は緩やかなウェーブを描いて伸びる。
綺麗な人だ、と俺は思う。
化粧っ気のない笑顔に、内心ドギマギしている自分がいるのはわかっている。
一種の特別な感情を持っているのも否定しない。
けれど。
俺には届かない人なのだ。
「矢巾」
「は、はい」
「眉間にシワ寄せないの」
ぐい、と人差し指で眉間を押される。
「せっかく綺麗な顔してるんだから」
ーー及川さんには及びません。
と言いかけて、俺は口を噤んだ。
これじゃ、ただの妬みじゃないか。
美咲先輩の前で及川さんのことを考えたのは、やっぱり間違いだった。
この人が及川さんのものだという事実が脳裏にチラついて、顔が引きつった。