第1章 01
素足に出来た傷が、ズキズキと痛む。もう息は上がりきっていて、息を吸うことも困難に思えた。それでも止まることなく走り続けているのは、目の前にいるお兄ちゃんに迷惑なんてかけたくない、という思いがあるからで……。だから私は血だらけの足が痛がろうが、息が出来なくて苦しかろうが、ずっとずっと、走り続けるのだ。
「捕まえたぞ!」
「!」
ほんの一瞬のスキをついて、追いかけて来ていた男が、私の髪を掴んだ。
頭に激痛が走るけれどグッと我慢して、私の名を呼ぶお兄ちゃんのところへ逃げようとした。けれど男は腕を掴んできて……。
もう、駄目ダ。諦めた瞬間、私を捕まえた男が、激しい音を立てて吹っ飛んだ。
「ディラス⁉︎」
「ちんたらしてんじゃねぇ!行くぞ‼︎」
「う、うっせー!命令すんナ‼︎」
お兄ちゃんにディラスと呼ばれた人は、私を抱きかかえながら森を駈けて行った。
行き着いた場所は、今お兄ちゃんが住んでいるという町セルフィアの、小さな雑貨屋さん。ディラスさんは2階にあるベッドの上に私を降ろすと、顔を軽く傾けながら「大丈夫か?」と問いかけてくる。私は必死に首を上下に振って、ディラスさんの手を取った。
『助けてくれて、ありがとウ』
「お前……」
ディラスさんの目が見開かれる。私の口が利けないことに驚いているように見えた。
目を瞬かせて動けないでいるディラスさんと私を引き離したのは、もちろんお兄ちゃんだ。なんだか不機嫌そうな顔をして、お兄ちゃんはディラスさんを睨み付けた。
「なんだよ」
「別ニ……」
沈黙が落ちた。
チクタクと時計の音だけが響く部屋の中で、先に口を開いたのは、ディラスさんだった。
「帰る。……お前、ちゃんと怪我治せよ」
「あ、おい!待てヨ!」
「あぁ?なんか用か?」
「あの、なんだ……。を助けてくれくれて、サンキュウナ……」
お兄ちゃんの顔を見て、ディラスさんはほんの一瞬だけ目を見開いた。けどすぐに不敵に笑って、「ばーか」と楽しそうに口ずさむ。そんな2人を見て、私は思わず笑みが溢れた。
こんなに楽しそうに過ごすお兄ちゃんを見るのは、本当に久しぶりだったから。