第14章 媚薬
「…え」
私の涙を見て、カルマくんは唇を離す。
「っう…っひく…」
私は床に体を預け、胎児のように体を丸めた。
「…んで…」
しばらく黙っていたカルマくんの口から言葉が発せられる。
「…なんでだよ…!なんで…通じないんだよ!」
そう叫ぶとカルマくんは私の体を自分の方に向かせた。
「カ…ルマ…く…」
カルマくんの綺麗な顔は…涙でぐしょぐしょになっていた。
初めて見た。
カルマくんは決して人に涙を見せなかった。
そんな彼が、目を赤く腫らしながら、顔をぐしゃぐしゃにして、泣いていた。
「俺は…!望乃が好きだ!それに嘘偽りなんかない!!なのに…なんで信じてくれないの…?望乃は俺のこと信じられない…?」
「…っわ、たし…は…」
「俺がどれだけ本気か、分かる?」
私は答えられなかった。
私は怖かった。
カエデに裏切られるよりも、カルマくんに裏切られることの方が。何十倍も、何百倍も、何千倍も。
「俺はね、望乃のためなら死んでもいいよ」
「…?!」
――パシッ!!
「死ぬなんて簡単に言わないで!!」
私は反射的にカルマくんの頬を叩いていた。
「前も言ったでしょ!!カルマくんが死んだら悲しむ人がいるって!!」
「俺は望乃が苦しんだり悲しんだりするくらいなら死んだほうがマシだ!!」
「だったら!!」
「だったら…死なないでよ…私…悲しいよ…」
私はだんだん声を小さくするのに比例して涙を流した。
「…なんでそんなに俺のことを想ってくれるのに…信じてくれないの…?」
カルマくんは力が尽きたように肩を落とした。
「…信じた、い…」
「…だったら…なんで!」
「人間なんて…欲求を満たすだけの生き物…」
私は聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で言った。
「だから俺は欲求を満たしてる。望乃と一緒にいること。望乃の笑顔を見ること。望乃の隣にいること。それが俺の欲求を満たすこと」
「…っ!」
「俺の欲求は望乃…『市ノ瀬望乃』だよ」
カルマくんは優しい口調でそう言った。
「わ、たし…?」
「そうだよ」
ニコリと笑うカルマくんの笑みは、この世の中で最も優しい笑みに思えた。
「しんじて、いいっの…?」
嗚咽交じりに私は言った。
「いまさら何言ってんの?」
そう言ってカルマくんは私を抱きしめた。