第13章 一点もの
それからどうやって仕事をこなしたか、どうやって帰路についたかほとんど覚えていない。
ただ覚えているのは、隼斗くんから告げられた思い。それだけだ。
(考えてみてって言われてもな…。)
はっきり言って、彼を今まで恋愛対象として見たことはない。というより、恋愛そのものがしばらく頭から抜けていたのだ。
なんとなく家のドアの脇にしゃがみこむ。
(けど、アレを見たら宮瀬さんだってさすがに…)
あの場面を思い出し、改めて顔が熱をもち始める。熱を振り払うように頭を左右に振り、腕の中に顔をうずめる。春先独特の冷気を含んだ風が、その熱をさらっていく。
『どうしよ…ほんと。』
_______________ガチャ
「うわぁっ!!?」
『っ!!』
急にドアが開き、聞きなれた声がいつもより大きな音量で夜の住宅街に響く。
彼はハッとして、口元を手で隠す。周りに人影が無いか確認したあとで私に視線を落とす。
「何…してんの。驚いた…。」
『驚いたのは私もなんだけど…。』
彼は肩を大きく揺らしてため息を吐き、ドアを開けたまま私の隣にしゃがんだ。
視線を合わせようとするが、この至近距離は昼間のことを思い出してしまうため、つい彼から目をそらす。
「…寒いから、中…入ろうよ。」
『う、うん。』
リビングに着いた途端、部屋の空気によって緊張が解けた私はソファに倒れこむ。
うつ伏せのまま抱きしめたクッションからはなんとなく椎の香りがする。それは、自分が家に帰ってきたのだという安心感を与えるものだった。
(…誰かに、相談したいな。)
私には特に親しい友人がいない。いや、正しくは"この辺りには"いない。
ここにくるまで田舎の親元で暮らしていた私は、社会人になって初めて都会へと出てきたのだ。生まれ育った地にはいても、ここにはいないのだ。
ここへきてからというもの、他人に対してどこか壁を作ってしまう自分には薄々気づいてはいた。
もちろん、周りの人は私に良くしてくれたし、隼斗くんやマサさんのように親しい仲の人もいるのが何よりの証だ。
(マサさんに相談するのは…さすがに気が引ける。)
一人で悩んでいても、おそらく同じ考えが頭の中を巡るだけだろう。
それならば、誰かに相談して客観的な意見を聞いた方が良い。しかし、残念ながらここには親しい女友達はいないのだ。