第9章 空けもの
年が明けて、ますます寒さが厳しくなってきた。家の中でも重ね着をしないと寒くていられない。そんな真冬の休日。
『えぇっ!!バイト!!?』
彼の口から出た言葉に、つい身を乗り出す。
「うん、なんか…この間買い物に出たとき、声かけられて…。」
驚いた。まさか椎が働きに出る日がくるとは。いや、彼くらいの年の子がバイトをするなど珍しくもないことだが、どうしても彼の働いている姿が想像できない。
実際、私の店にも仕事ができる若い子はたくさんいる。
『だ…大丈夫なの?椎、働けるの?』
なんとも失礼な質問だ。しかし、土台からぼんやりしていて、生き生きしているのは家事をこなしているときくらいの彼だ。それは心配もするだろう。
「失礼だな…俺だってバイトくらいこなせる。それに、前から…ちょくちょくバイト探してたし。ちょうど良かった。」
彼がバイトを探していることなど初めて知った。おそらく、言ったら厄介なことになると踏んで、私には言わないでいたのだろう。
『…っ!まさかっ、ホストとかじゃないよね!!』
彼は、贔屓目なしに見てもきれいな顔立ちをしている。
そんな美少年が街をふらついていたら、どこのホストクラブも放ってはおかないだろう。
「なんでそうなるの…違うよ、駅前の喫茶店。なんか、年明けと同時に…何人かやめちゃったらしくて。」
夜のお仕事でないことにいくらか安心し、心を落ち着ける。駅前の喫茶店なら家からも近いし、時間帯も昼間だろうし、条件としては悪くない。
『…でも、ちょっとくらい相談…してほしかった。』
何も言わずに、いつの間にかひとりで進めていた彼に寂しさを感じる。
私は言葉をくぐもらせながら彼に伝える。すると、彼は少し困ったような顔をして
「だって、絵夢に言ったら…反対するでしょ?」
『そんなことっ…!!』
ないとは言い切れない。なんとなく、弟のような彼を家の外で働かせるのは不安だ。
真っ白な彼を外に出したら、何か黒いもので汚されてしまいそうで、余計な煩いを覚えてしまう。
「そんな不安そうな顔…しないでよ。大丈夫、ちゃんと家事は今まで通り…こなすから。」
そんなことは気にしていない。彼が外でやっていけるのかを心配しているのだ。
普段、私以外の人と接することはないに等しく、彼が私以外の人ときちんと話せるのかすら謎である。