第12章 夢見ガール シーザー
夕方ごろ、私はキャンパスを片付け始め、水を捨てに行った。
もう帰ろうと空になったバケツをぶら下げて戻ると、私がいた所に誰かがいて、キャンパスを見ているようだった。別に勝手に見られて困るようなものは描いていないし、怒鳴ることなく私はその人の所へ行った。
「すみません、今日はもう終わってしまったんです」
「そうですか」
「明日もいますので、良ければ明日にでも」
「いや、絵はいいんです」
ああ、そういうつもりじゃなかったんだと私は一度謝罪の意味を込めて頭を下げた。
男性は全体的に黒っぽい恰好で、深くフードをかぶっていた。逆光のせいで顔はよく見えないし、声色も噴水の音のせいで聞き取りにくい。
「では、私はこれで」
「あの」
キャンパスや台を抱えて離れようとするとその男性は声をかけて来た。振り向くと、口元が見えた。色素の薄い整った唇だった。
「…会いに来たんだ」
「は?」
「お前に、会いに来た」
何を言い出すか、と眉間に皺を寄せる。見知らぬ男だったから、きっとそういう勧誘なのだろうと少し距離をとる。相手をひるませる程度の波紋ならリサリサさんに教わっていた。だがこれを使うとどうしてもシーザーの事が頭をよぎるのでながらく使っていない。
「忘れたなんて言わせないぜ」
「…変な事を言わないで、私は帰るんですから」
言い切ったとき、男性はそのフードを脱いだ。
「……?!」
「ようやく、会えたな」
目には涙を浮かべて、頬には大きな切り傷や縫った様な痕、そして何よりも、目の下にあるあのアザ。
幻覚かと思い、自分の頬を冷えた右手で冷やした。
「シーザー…!」