第32章 回帰と代入と
などと思っていると、アーサー(偽)のふらつきがピタリと止まり、次の瞬間、こちらめがけて激走してきた。
その顔はうつむきがちだが、凄まじい、真顔だ。
「ヴぇ、ヴェエエー! あいつこわいよお!」
(お前の方がこえーよ!)
と何人がツッこんだかいざ知らず、猛追してくるアーサーには「キモイ」と「怖い」を同時に感じられる恐怖を覚えた。
「そこの三番目の街路樹だ! 急げっ!」
振り返りざま、アーサーが叫ぶ。
目標地点はあと数十メートルにまで迫っている。
が、私を抱えるロヴィーノが、追いつかれる前に間に合うかは、ギリギリのところだった。
ロヴィーノから飛び降りても、この体調では足でまといになってしまう。
「早く!」
一足早くついたアーサーが、鋭い声とともに手を伸ばしてくる。
もう片方の手は街路樹に添えられていた。
「兄ちゃん!」
「行け!」
スピードを少し落としてぐずるフェリちゃんに、ぴしゃりと声を飛ばす。
ひぃ! という顔をしたフェリちゃんは、一瞬のためらいののち、加速、アーサーの手を掴もうと手を伸ばす。
私たちもあと数歩のところで、突然――背後の足音が消えた。
刹那、ぶ厚いガラスに仕切られたように、音が曇る。
やっと着いたのか、ロヴィーノの歓声じみた声も、まるで水中のようにくぐもっていた。
その永い一瞬に、ゆっくりと振り返る。
かたりと倒れる視界の最後に、私は、はっきりと見た。
走るをやめ、真っ直ぐ立ち尽くす“彼”の。
(え……?)
その頬に、透明な雫が伝うのを。