第1章 桃李言わざれども 下自ずから 蹊を成す
「――……でも、俺は寂しい思いしてたっていうのに、こまっちゃんはいつの間にか恒ちゃんと仲良くなってるし」
「そ、それは」
「今更言ってもだけどさー。こまっちゃんは恒ちゃんと仲良くしないものだと思ってたよ」
那古野城の喧騒にサブローの小さな声は掻き消されていく。但し言葉そのものは、水面に薄墨を垂らしたようなマーブルの波紋を描きつつ、じんわりと俺の心に染み入って来ていた。そんな大きな本音をぶつけてきて俺にどうしろと言うのか。彼の言う通り、今更理由もなく恒興さんとの仲を解消するなんて出来ない。そりゃあ恒興さんには文句の一つもあるけれど。
明確なサブローの嫉妬を受けて、むず痒いやら歯痒いやら。全身を甘晒した掻痒感が満たしていく。おまけに身動きは取れないし、こんなの大人しく受け入れろと言われている様なものじゃないか。狡い。流石に狡過ぎる。
とうとうサブローは首筋に顔を埋めたまま上体を機敏に揺らして、俺の体をぎゅうと抱き締めてしまった。だが意外と彼もこの世界に参っていたということなのか、強い言葉を使う割には体が微かに震えていた。
時として単純に「寂しい」と言うのは恥ずかしいものがある訳だが、もしかしたらこんな過剰な行動も照れ隠しなのかもしれない。そう思えれば途端に俺の父性が刺激されて、視界の端でふわふわと震えているサブローの猫っ毛を慰める様に撫で付けていた。
そういえばサブローの髪の毛をまともに触ったの初めてかもしれない。色素の薄い毛色で細くて柔らかくて、なんだかかわいい。
(うん…弟がいたら絶対こんな感じ)
しかし、穏やかな雰囲気だと思っていたのは俺だけだったらしい。俺はすっかり油断していたのだ、身を凍り付かせるような爆弾をサブローはあっさり投下していくのである。
サブローはガバッと上体を起こすと再び至近距離で俺を見詰めた。鼻先が擽り合って、付きつ離れつの僅かな距離。奴は長い睫毛を震わせながら一度瞬きをすると、ごくりと生唾を飲んだ。
「サブ…――」
「ごめんね」
サブローの唇が額に落ちる。短いリップノイズを鳴らしてさっさと離れていってしまったが。って、えっ えっ
「……こまっちゃん、俺、こまっちゃんのことすきだよ。だからお願い、あんまり恒ちゃんと仲良くしないで」
えっ
第1章 最終話 完