第1章 おねがい。【葬儀屋/甘】
「、何度言ったら分かってくれるんだい? 顔を覆わないでおくれ」
キスができないだろう、と続けると、はしぶしぶ顔の前から手をどけてくれた。棺の中に横たわる彼女。覆い被さる小生。
蝋燭の光も遮られてほとんど届かないけれど、彼女がどんな顔をしているのかは分かる。
目を閉じながら顔を近づける。キスする寸前で止めて目を開けると、真っ赤になったが目を閉じて小生のことを待っていて、思わず笑みが漏れた。
と、寸止めの時間が長すぎたようで、ぱちりとが目を開ける。見る見るうちに怒りと羞恥の混ざった表情が、彼女の愛らしい顔を覆った。
「見たんですか」
「何をだ~い?」
とぼけてやると拳で胸を叩かれる。あまり痛くない。ただただおかしくてくすくすと笑うと、は眉根を寄せて、視線を小生の顔から逸らしながら言った。
「……私の顔なんか見て何が楽しいんですか」
「の顔を見てて楽しくない時なんてないけどねェ?」
「やめてください」
恥ずかしいじゃないですか、って、君の顔はどこまで赤くなるんだい?
片手を棺の縁にかけたまま、もう片方の手で彼女の頬に触れる。熱い。柔らかい。そのまま額にキスすると、はくすぐったそうに身を捩らせた。
くつくつと笑いながら、小生は言う。
「極上の笑いをありがとう、。小生はお返しに何をあげればいいかな?」
きっと恥ずかしがり屋の彼女は言わないだろうけれど、言うまで待とう。恥じらう顔は愉快だし、小さな声で目を伏せながら言う「おねがい」は可愛い。持っている全てを――否、望むものすべてを与えてしまいたくなるくらいには。
「……葬儀屋さん」
「なんだい?」
せつなげな眼をした彼女は棺の中からわずかに体を起こすと、小生の耳元に手を当てて小さく囁く。誰に聞かれることもないのにおかしいとは思うけれど、それも含めてひどく愛らしい。
抱きしめてそのまま肋骨を折ってしまいたくなるくらい。
「――」
おねがいは小さな声だったけれど、しっかり聞き取れた。小生はにやりと笑って、どこかの執事君の真似をして言う。
「かしこまりました、お嬢様?」
一瞬だけ笑ってくれた彼女があまりにも愛らしかったので、執事ごっこはつづけられなくなってしまった。