第30章 Everything is up to you(白布賢二郎)
白布賢二郎はリビングのソファに身体を沈め、本を読んでいた。それは1960年代初頭のイギリスを舞台にしたミステリー小説で、彼は残虐な殺人鬼の正体をまさに突き止めようと思案している最中だった。
視線を縦に滑らせて文字を追いかけていると、キッチンに繋がる扉の開閉する音が彼の鼓膜を振動させた。ひたひたと恋人が近づいてくる気配を感じる。彼女もまたソファの空いたスペースへ深く腰を降ろすと、暫く物思いに耽った様子で沈黙を始めた。
やがて、「賢二郎、」とぼんやりした声で呼び掛ける。
ん?と白布は短く返事さえしたが、それ以外のことはしなかった。
「私って変わってる子だと思う?」
「思わないよ」頁を1枚捲る。「どうしてそんなこと聞くの?………だめだ、また死体が増えてる」
「べつに」
みょうじなまえは自身の爪をいじりながら、白布の腕に身体を預けるようにして寄りかかった。「ねえ、私のこと好き?」
「うん」
「本当に?」
「本当に」
「私のこと好きって言って」
「"わたしのことすき"」
「最低」
なまえは反動をつけて姿勢を元に戻した。
「好きじゃなかったら、」と白布は展開を整理するために、前の頁を確認し直しながら続けた。「こんな風に一緒に住んでないよ。寝室も一緒にしない」
それから、あぁ、大変だ。と呟いた。「閉じ込められちゃったよ。急がないとジェーンの命が危ないのに」
「ジェーンって誰よ」
「主人公の婚約者、昨晩から姿が見えない。きっと犯人に拉致されたんだ」
「その子のこと好きなの?」
「愛してるよ。主人公は彼女のためなら命を投げ出す」
「賢二郎は?」
「俺?」
驚いて、初めて白布は小説から顔を上げた。「俺が?ジェーンを?なんで?」
まじまじとなまえを見つめる。けれど彼女は不機嫌そうに口をへの字に曲げて、そっぽを向いた。
「ジェーンの心配はするのに、私のことは気にかけないのね。どうせロクでもないわよ、その女」
「構って欲しいなら、そう言やあいいのに」
「”かまってほしい” ねぇ私のこと好き?」
「うん」
「バレーボールより?」
彼はちょっと間、返答のために思案した。ゆっくりと本が閉じられる。