第29章 隣の客は毛色が違う(天童覚)
「うっわ、」と僕は小声で驚いた。「天童、 その顔どしたの」
「顔?俺いまどんな顔してる?」
「サイコーに不細工」
「あ、そう」
僕たちは畳の上で、肩を並べて正座をしていた。かれこれ30分近くが経とうとしている。
状況の説明は後で話すことにして、とにかく、腿の上に両手を乗せて、時間が過ぎるのをじっと待っていた。足の感覚がなくなってきて、僕は猛烈な眠気に襲われた。
だめだ。だめそう。寝る、
がくん、と頭が落ちそうになる。ふと自分と同じ状況にいるはずの、横の天童を見た。彼は生まれて初めてレモンを食べた赤ちゃんみたいな表情をしていて、僕は思わず三度見した。
目を細めて顔をしかめて、何かに耐えるようにふるふる小刻みに震えているのだ。赤ちゃんは可愛いけど天童はちょっと勘弁して欲しい。眠気も吹っ飛ぶ。というわけで冒頭の会話に戻る。
畳張りのこの部屋の隅には、椅子に座っているおじいちゃん、もとい、定年後に再雇用になった物理教師の梶井さんが船を漕いでいた。余談だが僕たちは梶井さんのその綺麗な白髪を讃え、愛を込めて名前の頭文字を取っ払って”じいさん”と影で呼んでいる。
麗らかな陽射しの下で眠りこけている僕らのじいさんを無理に起こしてはいけまいと、僕は精一杯声を抑えて、「なに、」と未だ妙な様子の天童に話しかけた。「暇すぎて変顔の練習でもしてんの?」
「見える」
と天童が言った。
「何が?」
と僕は尋ねる。「三途の川岸に立つおじいちゃん?梶井さんを勝手に殺しちゃだめだよ」
この渾身の冗談を見事スルーし、「あそこ、見てみ」と天童は顎で窓を示した。「教室棟のとこ。3階の右端」
「え?」
言われるがまま、正面窓の向こうに見える、東校舎に視線を移した。初めは何のことやらわからなかったが、遠く離れた教室窓の、揺れるカーテン越しに見える、2つ、いや1つの影に目を止めた。
目を細めて凝らすと、だんだんはっきり見えてくる。
見知らぬ男子生徒が、窓際の椅子に腰掛けている。
その太ももの上に、これまた見知らぬ女子生徒が座っていた。
男子生徒が後ろから抱え込むようにして女子生徒の腹辺りに腕を回しているのだ。お互い耳元で囁くように、仲睦まじくおしゃべりしている姿が確認できた。