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【ハイキュー!!】青息吐息の恋時雨【短編集】

第27章 月が(猿杙大和)※






「あれ?」と言う猿杙の声で、あなたは目を覚ました。ソファで眠ってしまったらしい。乾かしていなかった髪の毛が、まだ少しだけ湿っていた。窓から差し込む明るさから、昼だと分かる。


「電気が、」と猿杙が家中のスイッチをカチカチ押して歩き回っていた。「点かなくなった」

「光熱費は?」とあなたは久しぶりに声を出す。寝起きで声がカラカラだ。

「母さんが払って行ったはずだけど」


社会のルールが壊れかけても、お金の価値が崩れても、物やサービスにお金を払うことをやめようとは思わなかった。人間らしい営みを続けなければ、気が狂ってしまうからだ。


「停電かなぁ」と首をかしげる猿杙に、あなたは、最後の1人がいなくなっちゃったんだ、と思った。多分、もう電気は使えない。

「大学で一人暮らししてるOBの先輩が言ってた」とあなたは話した。「電気、ガス、水道。料金を払わないと、まずは電気から止められるんだって。水を止めたら、死んでしまう人もいるかもしれない。止めても生命に危険がない順番から、止まるって言ってた」

「そっか」
と猿杙は口角を上げていた。「じゃあ、電気は止まっても死にはしないね」





「母さん、元気かな」と猿杙は呟く。今もアジアのどこかの、小さな村に居るはずだ。

「元気だといいね」とあなたは答えた。「向こうで、何しているの」

「方舟を作るって言ってた」

「はこぶね?」

「月は神で、母さんたちはノアなんだって」

猿杙は、あなたのいるソファに腰掛ける。「マグマの大洪水が起こったとき、方舟に乗っていた者たちだけが救われる。集会でそう教わったって言ってた」

「ふぅん」


あなたは、面倒くさそうな話がくると、考えるのをやめる癖がある。

あなたは、髪を撫でられて、目を閉じる。



猿杙の父親は、あなたが小学生の頃に、いつの間にか見かけなくなった。「本当に大切な人と生きたいんだってさ」と、公園のブランコでぽつりと話すのを聞いたあの時も、猿杙の口角は愛らしく上がっていた。




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