• テキストサイズ

【ハイキュー!!】青息吐息の恋時雨【短編集】

第26章 月が(赤葦京治)




爪先立ちで、首を伸ばして周りを見渡す。奥のホームへと続く階段を下りていく集団に混じって、赤葦らしき背中がちらりと見えた。いや、確かにあれは赤葦だ。あっという間に見えなくなった。

あの子、本当に何を考えているんだろう。答えを出している暇がない。息の整わないうちに走り出す。


首もとに汗が滲む。長い長い、下りエスカレーターをひと息で駆け下りる。ホームへ降り立つも、再び見失ってしまった赤葦の姿を探して途方に暮れる。

東京は人の数が多すぎる。既に電車は両側に到着しているが、3番線と4番線、どちらに彼が乗ったのかわからない。


終わった。
もしかしてこれは、弄ばれたパターンだろうか。

疲労と空腹で、途端に惨めになる。

わたしのことを、端から誘う気などなかったのか。それとも木葉の入れ知恵か。あの会話も目配せも、あの男の手の上で行われたことかもしれない。どこかに隠れてわたしを見て笑っているのだ。いや、またはやっぱり、全て妄想による幻覚か。本当は、わたしは今、何も無い夜の空き地に立っているのかもしれない。



「早いですね」

笑い混じりの声が聞こえた。振り向くと、赤葦が隣の階段から降りてくるところだった。わっと一気に嬉しくなる。しかし悠々とした足取りから、いつの間にか追い越していたことに気付き顔が熱くなる。「赤葦、」と、わざと咎めるような口調で向き合った。「電車に乗っちゃったのかと思った」

「乗りますよ。これから」


右手側を指差して、さも当然といった顔をされる。その示す先を目で追えば、電車の中、つり革に掴まる能面みたいな顔がたくさん並んでいるのが見えた。


そうか、乗るのか、と今更ながらに逃げ腰になる。夜の電車で知らない場所へ運ばれる。どこへ?赤葦の部屋に?本当に?困ったことは、ゆっくり考える時間が与えられないことだった。


電車の発車音が鳴る。「乗りましょうか」と赤葦が背中を軽く押す。彼の身体のうち、一番価値の高い右手だ。空中へトスを上げるその指先が、いまわたしの背中に当てられている。その感触だけで、頭が沸騰して何も考えられなくなってしまう。


3番線、ドアが閉まります。ご注意ください。そのアナウンスが終わる頃には、わたしは電車に乗り込んでいた。背後で扉が自動で閉まる。後戻りできないように、来た道を順番に塞がれている気分になる。
/ 363ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp